Quantum Universe

量子情報物理学を中心とした話題で、気が向いたときに更新。X(旧ツイッター)https: //twitter.com/hottaqu note https://note.com/quantumuniverse

量子テレポーテーションは、本当はテレポーテーションではないのか。

量子テレポーテーション

最近よく聞くバズワードかと思う。

物理学の世界においてこのテレポーテーションは実験もなされ、応用が試みられる段階だ。

しかし一般の方々の中には、本当に人類が瞬間移動の術を手に入れたと勘違いされている人もいらっしゃるようだ。

それに対して物理の専門家は、量子テレポーテーションでSF的な瞬間移動装置を作るのはできないことも説明してきた。

この事実を強調することはとても意義があることだと思う。

このプロトコルではある古典的な情報を相手に伝える必要があるため、情報通信の最大速度である光速を超えてテレポーテーションを起こすことはできないのだ。

そのため物理学でいう「因果律」も破ることはない。

ただ認識論的な量子論解釈である現代的なコペンハーゲン解釈では、テレポーテーションの送り手側にとっては確かに瞬間移動のように見える現象ではある。

ただし受け手にとっては瞬間移動ではなく、因果律に則った時間を必要とする量子情報の伝達となる。

今回はこの件を紹介してみよう。

まずSFのテレポーテーションが仮に実現したとして、何をすることになっているか振り返ってみる。

それは人間の体を含む物体、即ちモノを遠隔地に瞬間的に移動させる方法だ。

ではモノとは何だろう。

現代の物理学で検証されている最も基礎的なモノは「量子場」である。

場というのは宇宙全体に敷き詰められた絨毯のようなものである。

例として古典的には電磁場というものが分かりやすいだろう。

そのような古典場に量子論の効果を取りいれたのが量子場である。

そして光子も電子もクォークも、また最近見つかったヒッグス粒子も、この量子場に起きるさざ波としての「励起」に過ぎないのだ。

我々の体や世の中の様々な物体はこれらの素粒子からできている。

ところが素粒子1つ1つには個性というものがない。

もともと量子場という名の絨毯の皺のようなものが、勢いを持ってあちこちに伝搬していくのが素粒子だ。

2個の同種粒子があるとして、その2つをこっそり交換しても物理的に区別することはできない。

素粒子はどれも統一規格の素材に過ぎないのだ。

では、我々や様々な物体の「個性」はどこからくるのか。

それは集まった素粒子の量子的運動を記述する量子状態の差に起因している。

つまりモノのアイデンティティとは、量子状態に収納されている量子情報そのものなのである。

物理学における量子テレポーテーション[1]では、素粒子の集まりである物体そのものは転送できないが、そのモノの個性を完全に記述する量子状態、そして量子情報を転送している。

図1にその概念図を与えた。

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空間的に離れた領域にアリスとボブがいる。アリスは量子系を持っており、その量子状態|ψ〉がその量子系のモノとしての個性を記述している。

アリスは他の素粒子も持っており、それらはボブが持っている素粒子との間に量子エンタングルメントを共有しているとする。

そのエンタングルメントは最大であるとしよう。

するとボブの素粒子は局所的には最大エントロピー状態となり、全く有用な情報が含まれていないことが分かる。

しかし図1のようにアリスがある測定を|ψ〉の状態の量子系と素粒子達にしてやると、面白いことが起こせる。

得た測定結果をボブに電話やメールなどの古典通信で伝えてやり、ボブがその結果に応じたある操作を自分の素粒子達に施すと、アリスの持っていた量子状態|ψ〉がそこに現れるのだ。

その代わり、測定の反作用によってアリスの量子系には|ψ〉の情報が全く無くなってしまう。

つまりモノとしての個性である量子状態|ψ〉がアリスからボブに転送されたことになる。

ここで重要なのは、|ψ〉はアリスにとってもボブにとっても未知で構わないという点である。

普通の方法では|ψ〉が未知な場合、まずアリスは|ψ〉だけを測り、|ψ〉に依存したその情報をボブに送って、その情報に基づいてボブは|ψ〉を再度作り直す必要がある。

しかし|ψ〉が1個しかない場合には、この方法では|ψ〉をどんな測定でも一意に確定させることはできない。

そのためボブは粗悪なコピーしか作ることができない。

一方量子テレポーテーションでは、完全な|ψ〉の転送ができてしまうのだ。

|ψ〉をモノの個性そのものとすれば、ボブが手に入れるモノは正しくアリスが持っていたモノに相違ない。

そしてアリスの手元にはそのモノの記憶の片りんも残っていないのだ。

未知の量子状態|ψ〉を完全にコピーできる方法があれば、|ψ〉のコピーを沢山作ってそれらを測定して|ψ〉を完全決定することも可能だ。

だがそれは量子力学の量子複製禁止定理[2]により不可能であることも知られている。

正確なコピーを作れない量子状態|ψ〉は、物凄く強固なアイデンティティを持っている。

この意味で量子テレポーテーションは、素粒子を転送することはできないが、本質的に「モノ」の転送であるとは言えるのだ。

 現代的コペンハーゲン解釈に基づけば、「アリスにとって」この|ψ〉はまさに瞬間的にボブに転送されていると表現することもできるのが面白いところだ。

 以下では話を具体的にするために電子スピンの状態のテレポーテーションを考えてみよう。

図2、図3、図4にそのプロトコルを書いた。

先の話の中のアリスが持っている素粒子は、電子スピンに置き換えられる。

そしてボブの電子スピンと共有する最大エンタングルメントの状態は所謂1つのベル状態になっている。

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自分が持っている2つのスピンが4種類ある最大量子エンタングルメント状態(ベル状態)のうちどの1つにあるのかを確かめる測定(ベル測定)をアリスが行う。

すると図3のようにその結果は等確率に現れる。

この測定直後に「アリスにとって」ボブのスピンに波動関数の収縮が起きて、そのスピンは|ψ〉に依存するようになる。

つまりなんらかの|ψ〉の情報が「瞬間的」にボブに届いたようにアリスは思うのだ。

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これが"テレポーテーション"のように見える理由である。

ただしボブのスピンの状態は正確には|ψ〉ではなく、それに測定結果αに依存したあるユニタリー操作が施されているものになっている。

それを改善するために、アリスはボブに測定結果を連絡する。

するとボブはアリスの情報を得た途端、自分のスピン系の知識が増えてボブにとってのスピンの量子状態は書きかえられる。

つまりボブにとってもスピン系の波動関数の収縮が起きるのだ。

そして量子状態でずれている部分を逆操作で修正することでどの測定結果の場合でも、図4のように正しい|ψ〉を再現することができるのだ。

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また図5のようにアリスからボブに結果を伝える際には光の速さを超えて情報を送ることはできないため、因果律は破れていないのである。

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さてここで素朴な疑問が起こるかもしれない。

量子的にアリスのスピンともつれたボブのスピンは、ボブによって厳重に保管することが可能だ。

例えば図6のように外部からの相互作用を遮断するような箱の中にスピンを保管することを想定してみよう。

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アリスからの情報は携帯電話の電波等に載せられて送られてくるが、ボブのスピンとは相互作用をしない。

しかしボブは、スピンの状態が|ψ〉に依存した純粋状態であることを「知る」。

スピンは相互作用をしなかったのだから、ボブがアリスから情報を聞く前から、そしてアリスが測定をした時刻、もしくはそれ以前にも、実はボブのスピンは|ψ〉に依存した純粋状態だったのではないかと考えたくなる。

答えは「そう考えても良いし、そう考えなくても良い。」というものだ。

もともとはベル状態にあったスピン対の片割れであったので、もちろんボブのスピンは局所的には|ψ〉に依存しない最大エントロピー状態にあると考えてもいい。

ボブがどちらが正しいのかを確かめるとしたら、アリスが情報をよこす前にボブは自分のスピンを調べる必要がある。

しかしアリスの測定結果を知らないため測定結果は、各確率で平均されたものになってしまう。

今の場合測定後に|ψ〉からのずれを起こすユニタリー操作は単位行列と3つのパウリ行列成分の合計4つである。

すると図7下式の項等式が任意の|ψ〉に対して成り立つため、どんな測定をボブがスピンに行っても、|ψ〉に依存した状態であったかなかったかについて確認できないのだ。

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このためどちらの考え方でも整合しているのである。

量子力学の認識論的解釈において別に問題にならない。

[1]で基本的な概念が提案された量子テレポーテーションの方法では、|ψ〉が励起エネルギーを必要とする場合に、そのエネルギーはボブが用意しないと機能しない。

エネルギーが足らないボブの領域に少しのエネルギーしか持たない情報媒体を送ってテレポーテーションを実現させたい場合はどうしたらいいのだろう。

じつは別なテレポーテーションのプロトコルでボブは量子場の真空からエネルギーを借り出すことが可能なのだ。

原理的にはボブはそのエネルギーを使って素粒子を励起して、量子状態を転送することもできるようになる。

この方法は量子エネルギーテレポーテーション(quantum energy teleportation, QET)と呼ばれている[3][4]。

ただしアリスが量子場にエネルギーを注入しながらその真空揺らぎを測定して、エンタングルメントを通じてボブの周辺の場の零点振動の情報を得る必要がある。

またアリスの測定エネルギーはボブの借り出せるエネルギーに比べて大きくなる。

QETは現実のマクロな物体を励起するだけのエネルギーを転送するのは困難だが、ナノスケールの量子系においては実験が可能であると考えられている。

8月に京大基礎物理学研究所で行われるYQIP2014でも、東北大の遊佐さんが量子ホール系を用いたQET実験に関する話をされる予定である。

[1] C.H. Bennett, G. Brassard, C. Crépeau, R. Jozsa, A. Peres, and W.K. Wootters, Phys. Rev. Lett. 70, 1895, (1993).

[2] W.K. Wootters and W.H. Zurek, Nature 299, 802, (1982).

[3] http://www.tuhep.phys.tohoku.ac.jp/~hotta/extended-version-qet-review.pdf

[4] 堀田昌寛, 遊佐剛, 日本物理学会誌 69(9), 613, 2014 

ci.nii.ac.jp

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「量子的」と呼ばれつつ、古典的な本質をもつ現象

 

「量子的」と思われているいくつかの現象の本質が「古典的」であることは、案外知られていないようだ。

弱測定における増幅効果もそうだし、量子消しゴム(量子消去)をレーザーポインター等の日常の道具を使って確かめようとする実験も、実はそのような例になっている。

本質的に量子効果でしか起き得ない「量子的な場合」と、古典力学でむしろ馴染みのある現象を量子的環境にも適用している「量子的な場合」の区別は重要かもしれない。

今回はこのことについて述べてみよう。

まずは弱測定の増幅効果(amplification effect)の話からいこう。

(弱値、弱測定についての基礎的な話は

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/22/123604

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/11/152110

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/20/233839

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/24/043644

を参考にして欲しい。)

図1のように、非常に小さな値とだけ分かっている未知のパラメータθに依存した|ψ(θ)〉という量子状態にある物理系を弱測定して、θを推定したいとする。

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物理量Aの弱値は図2の式で一般に定義される複素数量であるが、この実部(real part)は図1の実験で測ることができる。

 

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図1のように、Aを"アバウト"に測る測定機をこの量子系と極めて弱く相互作用させる。

"アバウト"という意味は、この測定機のメーターの針の位置が激しく揺らいでおり、針が指す中心の平均値を読みとるには何回も実験を繰り返さないといけないという意味である。

弱くはあるが注目系と測定機が相互作用をするために、θの情報は少しだけ測定機に書きこまれる。

また相互作用が弱いために、注目系の量子状態も少ししか測定によって変形しない。

それを図1では|ψ′(θ)〉と書いている。

弱測定では、この後にBという別な物理量の理想測定を量子系に対して行う。

Bの各固有値が観測される確率は、いつも通りに|ψ′(θ)〉と各固有ベクトルとの内積の絶対値の2乗で与えられる。

そして得られたBの固有値に対して決まる、図2の式で定義された弱値の実部が、図1のAのアバウトな測定機の針の平均値から読みとれるのだ。

これが弱測定のプロセスである。

得られる各弱値の実部はθに依存しているので、これからθを推定することもできる。

ここで図2の弱値の定義を見て欲しい。

分母に2つの状態の内積がある。

このため、もしBのある固有状態が|ψ′(θ)〉(そして|ψ(θ)〉)とほとんど直交していたら、その弱値の大きさは発散するのである。

従ってその実部も発散するため、メーターの針の中心値も大きく動き、弱値の値が読みやすくなると言われている。

これが弱測定での「増幅効果」である。

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したがってθの推定の精度も、測定機の普通の使い方に比べて、ある程度上げることが可能だ。

これについては

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/22/123604

と文献[1]を参考にして欲しい。

 

さて、この弱測定をパラメータθの推定とみなしたとき、得られた増幅効果は本質的に「量子的」なのだろうか?

実は、これは古典確率論でも起きるありふれた現象である。

図4のように、「まれにしか起きない現象が起きたとき、得られる驚き(情報量)は大きくなる。」ということに過ぎない。

f:id:MHotta:20140517065202j:plainこれはベイズ統計等のいろいろな形で論じることができるが、ここでは統計学のフィッシャー情報量での考え方を紹介しておこう。

ある確率分布が未知の微小パラメータθに依存している一般の場合を考える。

測定をしてn番目の結果が観測される場合のθの推定値をΘnとしよう。

すると図5のように、平均化されたθの推定値、その確率分布での平均2乗誤差、そして実験の系統誤差がないとした時のθの推定誤差が定義される。

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揺らぎ幅ΔΘに比べて、中心値Θのθの感度が高ければ(少しθを変えるだけでΘが大きく変化すれば)、推定誤差Δθは小さくなる。

ここで統計学でよく知られている結果である、図6の「クラメール・ラオ不等式」というものがある。

f:id:MHotta:20140517065218j:plainこれは推定誤差Δθには原理的下限があり、それはフィッシャー情報量の平方根の逆数になっていることを意味している。

(註:クラメール・ラオ不等式の証明は割と簡単で、三角不等式を用いるとすぐにできる。)

つまり確率分布のθ依存性で定まる、このフィッシャー情報量が大きいほど、1回の測定で得られるθの情報も大きいということになる。

また独立に同じ試料をN個用意して測定をした場合には、クラメール・ラオ不等式は図7のようになる。

f:id:MHotta:20140517065225j:plainつまりNが大きくなると、推定誤差はNの平方根に反比例して減少をする。

さて未知の微小で(正の)パラメータθに対して、図8のような確率分布を考えてみよう。

これは2つある可能性のうち2番目の結果が生じる確率がとても小さい場合の例である。

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この場合のフィッシャー情報量は、図8の下式のようにとても大きくなる。

これはめったに起きない2番目の事象が1回起きた場合、「θが零ではない。」ことを強く示唆するためである。

一般にまれにしか起きない現象を観測しようとする時、極わずかなデータ数でもθの推定値に大きな影響を与えてしまうのだ。

弱測定でも、物理量B(ポストセレクションの基底)をうまく選んで「まれにしか生じない実験結果」を意図的に用意して、ほとんど起き得ない結果が得られたときの「驚きの大きさ」を使った増幅効果を利用しているに過ぎない。

 

なおここで重要なのは、この「まれな事象に対する驚きの効果」は、実際の実験や観測ではそのまま鵜呑みにできないことである。

取り除くことが難しい環境ノイズ等を原因とする「系統誤差」が常に存在するからだ。

まれにしか起きない結果がたった1回得られても、それが本当に意味のあるデータであるのか、それとも単にノイズであるのかは判断できない。

弱測定でも同様で、増幅効果が系統誤差を超えて際限なくパラメータ推定の精度を上げ続けないことは知られている [1]。

膨大な無駄を伴うデータ数を時間をかけて溜めることにより、通常の使用法では系統誤差のために手の届かない、高い精度のパラメータ推定を達成しているに過ぎない。

だから、量子光学のように安く、そして短時間に沢山のデータをとれる分野では、弱測定の増幅効果のメリットは享受しやすい。

一方高エネルギー物理学のような、1つ1つのデータを得るのに長い時間とお金がかかる場合には、簡単に弱測定のメリットが発揮されることはない。

 

次に「量子的」と呼ばれながらも古典論だけで十分に説明がついてしまう例として、量子消しゴム(量子消去)のレーザーポインターの実験を考えてみよう。

これはレーザーポインターと、針金、3枚の偏光板があればできてしまう。

身の周りのものを使って実験できる手ごろさから、人気のある実験である。

偏光板は面内の一方向に沿って電流が通る構造を持っており、電波の偏光実験で使われるワイヤー格子の縮小版だ。

偏光板中で電流が流れられる向きに対して垂直に電場が振動する電磁波成分は、偏光板を通過できる。(図9、図10)

一方、平行な成分は偏光板を通過できない。

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従って、図11のように電流が流れられる方向が直交するように2枚の偏光板を並べると、2枚目で波は止まってしまう。

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"量子"消しゴム実験をするには、レーザーポインターと1本の針金を図12のように設定する。

f:id:MHotta:20140517065320j:plain針金の左右に分かれたビーム中の光子が、離れたスクリーン上に干渉縞を作るのが分かるはずだ。

一方、図13のように針金の左右に向きの異なる偏光板を入れると、干渉縞は消滅する。

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"量子"消しゴムの立場からは、光子の偏光自由度に左右どちらの経路を通ったかの情報が書き込まれたために、各光子の干渉効果が生じなくなったためと説明される。

 

3枚目の偏光板を図14のようにななめの角度でビームライン上に挿入すると、図11で止まってしまったビームは再び透過するようになる。

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これは光子の偏光の記憶が、挿入された偏光板によって消されたからと、説明される場合も多い。

また図13の状況において3枚目の偏光板を図15のようにいれると、再び干渉縞が現れる。

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これは1つ1つの光子が偏光の記憶及び左右の経路の記憶を失って、干渉する能力を取り戻したと説明がしばしばなされている。

しかし、これらの現象は「古典電磁気学だけ」でも再現される内容なのである。

位相をそろえながらもレーザー強度を高めてマクロなコヒーレント状態にすれば、それは古典的電磁場として振る舞うからだ。

ビームの強度がよほど小さくなって、1つの波束の中にほぼ1つ程度の光子が入っているような場合だけが、純正な「量子消しゴム」実験と見なせるのだ。

特に図14の現象に関しては、強度の弱い特別なレーザービームを使わなくても、太陽光や蛍光灯の光でも体験できる。

 つまりこれらは数理モデルとして、古典電磁気学だけで基本的に十分理解可能な現象なのだ。

レーザーポインターを用いたあの実験は、実のところ量子消しゴムの「量子実験」を疑似体験できる「古典シミュレーター」とみなしたほうが良いと、ある実験家も言っていた。

 

また最近では量子消しゴムの間違った理解により、光子のスピンである偏光の自由度ではなく空間的な軌道角運動量を用いて光子の経路を記憶させると、ナイーブには干渉が起きないと考える人もいるかもしれない。

だが、なにも変な議論をせずとも、図16のように軌道角運動量の固有状態である球面調和関数の重ね合わせで干渉縞ができることは、よく知られている事実である。

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偏光の場合と違って、どんなに軌道角運動量を用いて経路情報を記憶させようとしても、干渉縞を消すことはできない。

普通の量子消しゴムの話は、スピン等の、空間的自由度とは独立な自由度のヒルベルト空間に安定して経路の記憶を収納できるから、非自明な話になるのである。

軌道角運動量が粒子の経路と独立なメモリー自由度になれないことはそもそも当たり前であり、それを量子消しゴムの話にこじつけようとする必要はない。

普通に"オッカムの剃刀"を尊重すれば、消すものがない消しゴムは「消しゴム」と呼んではいけないのである。

また光子を電子に置き換えたダブルスリット実験でも、軌道角運動量の異なる波動関数の重ね合わせは昔から干渉することは分かっている。

軌道角運動量を定める位置の原点をダブルスリットの間にとれば分かるように、左右の窓から出てくる波は、当然符号の異なる角運動量の重ね合わせ状態である。

しかしスクリーンには干渉縞が普通にできる。

また普通の電子を用いた散乱実験等でも当たり前に干渉効果は出てくる。

なお「きちんとした」量子消しゴムの話を含む記事としては、枝松さんの数理科学の記事[2]があるので、ご一読をお勧めする。 

[1] J. Lee and I. Tsutsui, http://arxiv.org/abs/1305.2721.

[2] 枝松圭一,"実験から見た「光子の裁判」単一性と非局所性", 数理科学No607(2014年1月号), P32.

註:太陽光で実験をしても図12のような干渉縞ができないのは、いろいろな波長による幅の違う干渉縞が重なってしまい、観測しづらくなるためです。位相がランダムなインコヒーレント光だからと説明していましたが、あさんからコメントの通り、訂正いたします。

 

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量子エンタングルメントを使って量子系から沢山の情報を取り出す方法

量子エンタングルメントは、量子情報科学における量子テレポーテーションや量子コンピューティング用の資源として知られている。

今回は様々な物理学分野における精密測定の資源としても使える可能性がある、量子エンタングルメントの側面を紹介しておこう。

現時点でこの技術を使っているのは量子光学系の実験が主だが、これからは半導体を含む様々な物性系や素粒子原子核系の実験、そして宇宙観測の技術にも入り込んでいく可能性もある。

物理学の多くの実験では、未知の相互作用プロセスの解明を目的にしている。

例えばヒッグス粒子の発見も、この粒子が関わる反応を精密に測定して達成されたものだ。

特に微小な結合定数等のパラメータの大きさの推定が重要な場合も多い。

そこで簡単な例を挙げて、パラメータ推定における量子エンタングルメントの有用性を説明したい。

図1のような外から中が見えない箱がある。

中には、箱の正面と直交したある大きさの磁場がかけられている。

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その箱にスピンがアップ状態にある電子を放り込むと、とても小さな角度θだけスピンは回転されるとしよう。

このθは未知であり、箱から出てきた電子のスピンを測ることで、θの大きさを推定したい。

そうすれば、箱の中の磁場の強さが推定できる。

従来の実験では図2のように、大量のN個の電子スピンを同じ状態に用意して、それぞれを箱に通してから個別に測定をして統計を溜める。

 

f:id:MHotta:20140509143405j:plainこの場合、よく知られているようにθの推定誤差はNの平方根に反比例して減少する。

しかし量子エンタングルメントを用いると、N個の電子スピンを使ってもNに反比例する推定誤差での推定が実現できるのだ。

これは従来の方法に比べて、Nの平方根分だけ、より精密なθの推定を達成している。

 この高い精度のパラメータ推定を説明するために、図3のように箱を90度回転させよう。

磁場の向きは、地面に垂直方向となる。

まず回した箱に電子のスピンアップ状態を放り込んで様子を見てみる。

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するとスピンの向きは変わらないまま、箱から出てきてしまう。

ただ出てきたアップ状態は、入ったアップ状態に比べてθだけ回った位相因子exp(iθ)がかかっている。

もちろん状態ベクトル全体にかかる位相因子は物理量ではなく、どんな実験でも測れない。

だから図3の状況で出てきたスピンを測定しても全くθの情報を得ることはなく、図1の場合より悪化したように見える。

しかしθの推定精度を上げるヒントは、図4のようにN個のアップ状態を放り込んだ時に得られる。

f:id:MHotta:20140509143421j:plain出てくるN個のスピン系の状態には全体としてexp(iNθ)の位相因子が付いている。

小さなθの効果が、N倍になっている。

Nを十分に大きくすればNθは1程度にまでできるので、この増幅効果には期待が持てる。

しかし図4の場合でも、このNθは観測量ではない。

せっかくのN倍の増幅効果をいかすために、量子エンタングルメントを利用しよう。

図5のように、N個の電子スピンの量子エンタングルメント状態を考える。

N個全てのスピンがアップであるマクロ状態と、N個全てのスピンがダウンであるマクロ状態の足し算になっている。

これは(シュレーディンガーの)「猫状態(cat state)」とも呼ばれる。

f:id:MHotta:20140509143429j:plainこのN個の電子を一個ずつ箱に通して上げると、最後にできる状態は図5の下の式のようになる。

N個全てがアップの状態の部分にはexp(iNθ)、ダウンの状態部分にはexp(-iNθ)の因子が付いている。

今度は2つのマクロ状態の間の相対位相因子としてexp(i2Nθ)が現れるが、これは観測可能量である。

そして2N倍の増幅効果のために、Δθ=π/(2N)程度の誤差でθが推定できることが分かる。

従来の方法では(1/N)^(1/2)でしか減少しなかった推定誤差が、量子エンタングルメントのおかげで1/Nという速いスピードで減衰するのだ。

もちろんここでの議論には、デコヒーレンスの効果を抑えつつ、猫状態を制御できるという前提がある。

現時点では技術的に簡単には達成できない話だ。

しかし将来量子計算機の技術が進み、量子エンタングルメントの制御技術が上がるにつれて、このような量子パラメータ推定の現実味も増してくることだろう。

 

量子エンタングルメントを用いると、別なタイプの量子推定もできる。

図6のように2つのスピンAとBを考え、その量子エンタングルメント状態を用意する。

また未知の微小パラメータgに依存した操作をスピンに行う箱があり、Aをそれに放り込む。

f:id:MHotta:20140509143451j:plainそしてAにはgの情報が書き込まれる。

ここでAB両方を並べて二つを跨ぐ量子測定を行うと、量子エンタングルメントを使わない場合に比べて、gの推定誤差は一般には小さくなるのだ。

それはgの情報が単にAのスピン本体に書きこまれるだけでなく、AとBとの間の量子相関にgの情報が書きこまれる分も存在するからである。

ここでの議論の一般論は、量子フィッシャー情報量の理論を用いると厳密に構成できる。

量子フィッシャー情報量に関して、例えば[1]に解説がある。

また図6のような設定で、系から取り出せる情報が増えることを指摘した論文としては[2]が知られている。

また低ノイズ系での微小パラメータ推定の一般論は[3]にある。

 

[1]林正人, "量子情報理論入門", (SGC32, 別冊数理科学, サイエンス社

[2]A. Fujiwara, Phys. Rev. A 63, 042304 (2001).

[3]M. Hotta, T. Karasawa, M. Ozawa, Phys. Rev. A 72, 052334 (11) (2005).

(追記:2016年日本物理学会誌11月号「標準量子限界を超える高感度磁場センサに向けて」松崎雄一郎著(NTT物性科学研)の記事では、Nが10の4乗のリンの電子スピン集団や、10の7乗のダイヤモンドの電子集団での実装可能性が論じられている。日進月歩の技術進化が、どんどんと量子技術の境界を広げている。)

 

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物理学における存在とは?

「存在とは何か?」という問題は、本来実に根が深い。

例えば、相対論的量子場の真空状態|0〉を考えよう。

普通の慣性系での量子化では、真空は粒子数が零の状態だ。

またエネルギー密度の期待値もどこでも零だ。

そして図1のように慣性運動している測定機Aで測っても、粒子は観測されない。

空っぽの「無」の状態そのもののように思える。

しかしFulling-Davies-Unruh効果、通称「ウンルー効果」という面白い現象が知られている。

図1のBのように真空中を一様加速度運動をしている測定機は、あたかもその加速度に比例する温度の熱浴の中にいるように振る舞うのだ。

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またこの一定の加速度κで運動している測定機を記述するのに便利な図2のリンドラー座標系(τ,u,y,z)に移ると、この座標系での粒子数も零ではなくなり、多数の粒子が有限温度の分布をしているように見える。(cは光速度で、図1ではu=0の軌跡を測定機は描いている。)

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リンドラー座標系の空間座標値uが一定の軌道上を運動する測定機はそれぞれ、その加速度a(u)に比例する温度の熱浴を観測する。

またアインシュタインを一般相対論構築に導いた有名な等価原理により、この一様加速度運動をしている測定機は図3のような静的な重力場の中に置かれているのと変わらない。

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一般相対論で記述される静的重力場中の熱平衡系では、温度が重力ポテンシャルの影響で異なることが知られている。

(相対論的効果のない熱力学における平衡系の温度は、どこの部分でも同じ。)

平衡系においてポテンシャルの深い場所では温度が高く、ポテンシャルの浅いところでは温度が低くなる。

ウンルー効果で観測される熱浴も、等価原理によって出てくる静的重力場に対して、正しくこの熱平衡関係を満たしていることが確認できる。

実にこの熱浴は、いかにも「存在」らしく、正しく振る舞うのだ。

 

古典電磁気学では、慣性系で電磁場が零ならば他のどんな座標系でも電磁場は零であった。

このため存在するとか、存在しないとかは明確に定義できていた。

しかし場の量子論になると、このように簡単に判断はできなくなる。

「存在」や「無」は、観測者や測定機に依存する概念となるのだ。

ただ「存在しているように観測できる。」ということが、「実在」していることと同義であるかも怪しくなる。

実際真空状態におけるエネルギー密度の期待値は、慣性系と同様に、リンドラー座標系でも零である。

それだけではない。

エネルギー運動量テンソルの全ての成分の期待値が零になっている。

存在して見えるこの熱浴は、エネルギーを持った実在でないということだ。

 

この不思議なウンルー効果は、質量が無限大に近いブラックホールのホーキング輻射とも関係が深い。

また最近では、ウンルー効果を通じて、真空の零点振動の量子エンタングルメントはブラックホールエントロピーとも関係していると考えられている。

ウンルー効果を足がかりにして、現在多くの研究者がより深い量子情報と時空の関係性を探求している。

なお8月に京大基研で行われる量子情報物理学の国際研究会YQIP2014(http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~yitpqip2014.ws/ )には、このウンルー効果の発見者であるウンルーさん自身も参加予定である。

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量子情報物理学研究会YQIP2014の発表申し込み締め切り1か月前のアナウンス

2014年8月4日から7日に京都大学基礎物理学研究所において量子情報物理学の国際集会を開催する。 

http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~yitpqip2014.ws/

現在参加登録及び口頭発表、ポスター発表の募集中。国内外の多くの方々に参加を呼び掛けている。

発表応募の締め切りは5月31日、参加申し込み期限は6月30日。

なおYQIP2014終了の翌日からは同じ会場で、以下の量子情報の若手向けのスクールがあるそうだ。

 基研研究会「若手のための量子情報基礎セミナー」

http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~qisc2014.ws/

若手の方は両方をまたいで参加して頂ける日程設定になっている。YQIP2014では発表をする若手の方を中心に、少し旅費、宿泊等の補助ができる予定。(なお財源は限られているので、全ての方には補助ができない可能性があることにご留意を。)

 

「YQIP2014」(8月4日~7日)

Invited Speakers:

Matthew Headrick (Brandeis University)

Benni Reznik (Tel Aviv University)

Takahiro Sagawa (University of Tokyo)

Tadashi Takayanagi (YITP)

Hal Tasaki (Gakushuin University)

William G. Unruh (University of British Columbia)

Go Yusa (Tohoku University)

Topics:

  • Black Hole Entropy and Information Loss Problem of Black Hole Evaporation
  • Quantum - Classical Transition of Quantum Fields in Early Universe
  • Interpretation of Quantum Universe Wavefunction
  • Informational Classification of Various Orders in Condensed Matter Physics
  • Entanglement Characteristics from AdS/CFT
  • Applications of Quantum Information to Renormalization Group
  • Quantum Information Thermodynamics
  • Informational Principle Quest for Quantum Mechanics
  • Consistent Extension of Quantum Mechanics
  • Quantum Simulator and Quantum Computation
  • Quantum Measurement, Quantum Control and Quantum Protocol

 

「若手のための量子情報基礎セミナー」(8月8日~10日)

講演者:

渡辺 優(京都大学):量子力学基礎
沙川 貴大(東京大学):情報理論基礎
山本 喜久(国立情報学研究所):実験基礎
藤井 啓介(京都大学):量子計算基礎

 

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時間とエネルギーの不確定性関係と、相対性理論

時間とエネルギーの不確定性関係は、世間で誤解されている側面が強い。

測定時間とエネルギーの測定誤差には不確定性関係があると信じられてたり、そのため短い時間ではエネルギー保存則は破れてもいいと考えられたりしている。

これらは以下の記事でも言及されているように、全くの間違いだ。

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/26/061840

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/11/155744

量子力学において時間はエルミート演算子で書ける物理量ではなく、4次元時空の中の空間的(spacelike)な3次元超平面を指定する外部パラメータに過ぎない。

従って測定時間とエネルギーの測定誤差の不確定性関係は、教科書で習う位置と運動量の間のケナード不等式(ΔxΔp≥ℏ/2)や最近知られるようになった小澤不等式のようには証明できない、間違った概念なのである。

ところがこのような説明をしても相対性理論を持ち出して、ΔxΔp≥ℏ/2はなんらかの意味でのΔtΔE≥ℏ/2を意味するのではないかと考える人もいるだろう。

相対論では時間と位置は4次元ベクトルを組んでおり、同様にエネルギーと運動量も4次元ベクトルを組んでいる。

相対論的場の量子論にはローレンツ不変性があるため、ΔxΔp≥ℏ/2からΔtΔE≥ℏ/2が導かれるはずだというわけだ。

しかし、これも間違った議論なのだ。

非相対論的量子力学と異なり、相対論的場の量子論では厳密な意味でのΔxΔp≥ℏ/2は出てこないからだ。

1つの粒子に対する位置演算子が存在しないためである。

だから厳密な意味では、Δxは定義すらできない。

 

相対論的な量子系で粒子の位置演算子やその固有状態を構築することは古くから試みられてきた。

例えば1粒子の相対論的な運動量固有状態の重ね合わせから、互いに直交する位置の固有状態「のような」ものを作れる。

それは、基本的には図1のように非相対論的量子力学と同様の構成でできる。

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 しかし明らかにこの"位置の固有状態"は相対論的変換性を持たない。

ある慣性系で1粒子の"位置の固有状態"を作っても、他の慣性系では"位置の固有状態"にはならないのである。

また時刻t=0に粒子がx=0にある状態に設定しても、次の瞬間には(t,x)=(0,0)と因果的に結び付かない図2の青色領域の"位置の固有状態"も含んだ重ね合わせ状態になってしまうのだ。

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物理的な粒子の位置の振舞とは到底思えない。

図1の方法で構成された"位置の固有状態"で更に問題なのは、局所的物理量の振舞いである。

この状態でエネルギー密度のような局所的物理量の期待値を計算すると、粒子が存在する地点に集中したデルタ関数的な分布を示さず、粒子の存在しない領域にも広く分布してしまう。

これらの悪い性質から、図1のような"位置の固有状態"は物理的なものではないと多くの研究者は考えている。

相対論的変換性は、粒子の質量mとエネルギーを使って図3のように変形した状態では良くなる。

しかし今度は位置の異なる状態同士が直交しなくなるのだ。

 

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またこの状態は光子のような質量零(m=0)の粒子に対しては定義そのもができない。

実は、1粒子が厳密に特定の位置に局在する「本当の位置の固有状態」は相対論的場の量子論では構成できないことが知られている。

粒子が空間のある領域Ωの中に厳密に局在している量子状態|Ψ〉は、数学的には以下のように定義される。

エネルギー運動量テンソルのような場の理論の局所的演算子に対して、|Ψ〉での任意の多点相関関数がΩの外では真空状態|0〉での値と一致する場合に、|Ψ〉で記述される粒子はΩの中に局在していると判断するのだ。

f:id:MHotta:20140429182751j:plainつまり考えている領域の外では、|Ψ〉でのいかなる物理量の期待値、分散、高次モーメント、そして揺らぎの相関が、無を意味する真空状態のものと区別がつかないということだ。

領域外部の観測者にとって、|Ψ〉は真空状態と全く区別がつかないという意味である。

この定義のもとで、1961年にナイトは有限個数の粒子を厳密にΩの中に局在させることはできないことを示した [1]。

この結果から1粒子が特定の位置に局在する「位置の固有状態」は存在しないことも分かったのだ。

粒子の質量を無限大にする非相対論的量子力学の極限だけで、近似的に粒子の位置演算子やその固有状態を導入できていたに過ぎないのだ。

従って相対論的場の量子論では、1粒子の位置座標演算子も存在しないし、その不確定性Δxも定義できない。

従ってΔxΔp≥ℏ/2も導出できない。

だからローレンツ変換からΔtΔE≥ℏ/2を導出することもできないのだ。

では図5のように、空間的に広がっている1粒子状態において、無理やり粒子の位置を測定しようとすると何が起きるのだろうか。

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実は、測定機の尖ったプローブ部分と測定される量子場との間の測定相互作用のために、図6のようにエネルギーが測定機から注入されて無限個の粒子生成が起きてしまうのだ。

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だから測定後にも1粒子の位置の固有状態は現れようがない。

結局相対論的場の量子論でも、時間とエネルギーの不確定性関係は出てこないのだ。

[1] J. M. Knight, J. Math. Phys. 2, 459 (1961).

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トンネル領域で粒子を見つけたら、その足らなかったエネルギーはどこから来たのか?

ツイッター@hottaqu)で、次の問題を出してみた。

例えば1次元空間で図1のようなポテンシャルの中の粒子を考えよう。

f:id:MHotta:20140428161939j:plain

基底状態のエネルギーEは、原点付近のポテンシャルVoより小さい。

しかし、エネルギーが足らないため古典的には粒子の侵入を許さない領域にも、基底状態波動関数は浸み込んでいる。

「トンネル効果」である。

従って粒子が原点周辺に見つかる確率は、零ではない。

しかし原点付近に粒子が見つかるとすると、その足らなかったエネルギーはどこから来たのか?

それが「問題」である。

測定の結果、例えば図2のように粒子がある点x=ξの周辺に局在した波動関数u(x-ξ)になる。

f:id:MHotta:20140428161950j:plain

この状態では明らかにポテンシャルエネルギーの期待値は基底状態のエネルギーより高い。

また粒子がより局在するため、運動エネルギーの期待値も基底状態の時より高くなる。

従って確かに粒子はエネルギーの高い状態に見つかったことになる。

他の地点に見つかる可能性も考慮しても、あらゆる測定結果に対して平均化した測定後状態のエネルギーの期待値はEより高いことも分かる。

ではトンネル効果においてエネルギー保存則が破れているのか。

これは有り得ない。

量子力学でもエネルギー保存則は厳密に成り立っているのである。

量子力学で、短時間の間でもエネルギー保存則が成り立つことについては、以下の記事を参照。

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/11/155744

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/26/061840

 

答えは、「測定機から粒子にエネルギーが流れ込んだ。」である。

古典力学とは異なり、量子力学では測定が本質的な役目を担う。

測定をしたければ、その測定機もエネルギーを持つ1つの物理系として用意する必要がある。

そして測定による状態変化のために測定される粒子のエネルギーが増えるならば、その測定機がそのエネルギーを与える必要があるのだ。

測定で得る情報の代償として、測定機のエネルギー消費が起こるわけだ。

もし測定機が必要なエネルギーを持っていなければ、その測定機が正確に測定を実行することはない。

つまりこの議論は、位置測定を実行できる測定機の駆動エネルギー下限を与える。

これはトンネル効果に限った話ではない。

位置測定に関する量子力学の一般的性質である。

 

具体的に位置測定の1つの例を挙げてみよう。

粒子が運動するx軸と直交するy軸を考える。

(粒子は外場によってx軸の直線上に閉じ込められているとする。)

図3のように、y軸の正方向に伝搬する局在した光パルスを各xの値毎に放つと、ある地点のパルスだけ散乱し、他のパルスは何事もなかったように通過する。

f:id:MHotta:20140428161957j:plainパルスをy軸の正の領域にあるスクリーンで捕らえれば、粒子がx軸上のどこの地点にいたのがパルスの横幅程度で分かる。

粒子は測定前に固有値Eを持っていたが、パルスとの散乱後には測定の効果としてそれより高いエネルギー期待値E(f)を持つ。

粒子を捕まえたパルスの散乱後のエネルギー期待値E(f;γ)は、散乱前のエネルギー期待値E(i;γ)より小さくなる。

そしてその差が粒子が得たエネルギーE(f)-Eに一致するのだ。

 

測定で得られる情報量とその代償としてのエネルギー消費が絡み合うこのような現象は、量子エンタングルメントを持った量子多体系の基底状態においても顕著に現れる。

基底状態は、定義により最低エネルギー状態である。

しかし部分系の物理量の測定をして有意な情報を得たとすると、基底状態エンタングルメントはこの測定行為によって破壊され、測定後状態は基底状態とは異なる励起状態に成らざるを得ない。

つまり基底状態にある量子系から一定の情報量を取り出すには、必ずその系にエネルギーを与える必要がある。

このエンタングルした基底状態における「情報量とエネルギーの間のトレードオフ関係」は、量子エネルギーテレポーテーション(Quantum Energy Teleportation, QET)という新しい量子プロトコルとも深く関連している。

このQETについては機会を改めて紹介しよう。

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