Quantum Universe

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デコヒーレンスは多世界解釈の観測問題を解決しているわけではない。

 

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デイビッド・ドイッチュがあちこちで「量子コンピュータが圧倒的に速いことは多世界解釈が正しい証拠」と宣伝しており、またそれを扇動的に扱う科学記事も人気を集めているため、世間では多世界解釈は完成された量子論解釈と誤解している人がこの10年くらいで増えてしまったように思う。

多世界解釈では宇宙全体を記述するただ1つの波動関数が実在しており、図1のように時間とともに様々な宇宙の量子的線形重ね合わせに進化する。

ここに出てくる各宇宙に異なる計算作業を分担させて巨大な並列計算を量子コンピュータは行うために古典コンピュータに比べて指数関数的に速いのだとドイッチュは説明するのだ。 

また他にも、コペンハーゲン解釈で出てくる波動関数の収縮はシュレーディンガー方程式では記述できない"謎"の過程であり、それはコペンハーゲン解釈を超えて説明されるべきだという主張を繰り返す人もいる。

多世界解釈では宇宙全体を記述する実在論的でかつ決定論的な波動関数を1つ考えるだけだ。

宇宙の外部には観測者がそもそも存在しないので、その波動関数を収縮させる観測者は存在しない。

だからコペンハーゲン解釈に出てくる波動関数の収縮という"欠点"のない良い解釈と言うのである。

では本当に多世界解釈はこれまでコペンハーゲン解釈が置かれていた標準解釈の座に据えられるようになり、今後の新しい物理学の記述に不可欠になるものだろうか。

実はそこには大きな過剰宣伝があるのだ。

きちんと量子力学の基礎を押さえている研究者達は、多世界解釈自身が首尾一貫した体系として完成されていない不備だらけの理論であることを十分に知り尽くしている。

しかもその不備の1つは小手先で解決できる類ではなく、多世界解釈が本質的に抱えている不可避な欠点に由来している。

決定論的な宇宙の波動関数から、人間の意識が時々刻々確率的にただ1つの体験を選択し、経験しているという事実を導くことが不可能だからである。

これをしたければ、最初に宇宙全体の波動関数から「人間が意識を持つこと」を科学的に説明することが必要になる。

そしてその創発された意識が、各時刻において多数ある可能性の候補の中から確率的に「1つを選択して」経験することを説明しなくてはいけない。

つまり意識の創発及び存在の合理的検証が求められるのだ。

しかしこれは科学的に反証可能な問いではない。

ここで改めて考えてみよう。自分以外の人間が全く自分と同様の意識を持って、時々刻々1つの体験をし続けていることを科学的に検証することができるだろうか。

自分が持っているリンゴを手放すと落下して床に当たり、ゴンという音を発したという体験をしたとしよう。

それを見ていた隣の人間に同じ体験をしたかを尋ねて「確かにしたよ。君が手放したリンゴは落下して床に当たり、ゴンという音をたてた。」と答えたからと言って、その人間に意識があるかは分からない。

またその人間に今どんな感情を持っているのかを聞いても、本当に意識を持っている存在であることを検証できない。

実はその"人間"がよくできたアンドロイドで、最初からインストールされたプログラムで質問などの外部の刺激に自動応答しているだけかもしれないからだ。(現時点ではそのようなアンドロイドは未完成でも、原理的には可能であろう。

https://www.youtube.com/watch?v=GIwwE8TEZ4I

つまり「他の人間が自分と同様に意識を持っていること」は「アンドロイドが

自分のような意識を持たないこと」と同じく科学的には検証できないことなのだ。

科学では、対象に刺激(質問)を与えたときの反応(応答)をいろいろ集めて解析できるだけだ。

しかしそれでは他の人間が意識を持っている証明や、アンドロイドに意識が生まれない証拠を永久に示せない。

つまり多世界解釈派の研究者が探し求めているものは、本質的に科学の範疇を超えているのだ。

(これ以外にも「手で」各宇宙の尤もらしさを表す測度を与えて、観測確率のボルン則を出している点等も、エヴェレットのオリジナル版"多世界解釈"に対する批判の種になっている。)

 

一方標準的なコペンハーゲン解釈では、健全な科学として量子力学を記述することが可能だ。

つまり意識の問題は概念の混乱が起きないように綺麗に切り分けされて、公理化されているのである。

「全ての人間には独立な意識がある。」という公理を組み入れても、他の公理と矛盾を全く起こさない理論構造を量子力学は持っている。

この構造自体がとても非自明であり、量子力学が「使える科学」になるポイントだ。

 観測対象と安定した意識を持っている観測者を合理的に分離できている環境が確保された時「だけ」、量子力学は定式化されるというのがコペンハーゲン解釈なのだ。

そして波動関数は観測者が持っている知識に依存する情報概念であり、物理的実在ではない。

だから波動関数の収縮は測定を通じた観測者の知識の増加に過ぎないのだ。

多世界解釈のような科学的範疇外の問題に悩む必要はない。

(このあたりは下記を参照:

波動関数の収縮はパラドクスではない。 - Quantum Universe

認識論的な量子力学についてのコメント - Togetterまとめ

本題に入ろう。

多世界解釈ではデコヒーレンス観測問題を解決していると思う人もいる。

しかしこれは誤解に過ぎない。

宇宙全体の波動関数において他の自由度を全部無視して(数学的に言えば部分トレースをとって)観測者の記憶領域だけの量子状態を求めれば、それはほぼ古典的状態の確率混合になっている。

これがデコヒーレンスである。

分岐した世界の間の量子干渉がなくなる、または干渉が観測されなくなるとも表現される。

しかしこれは先の「人間の意識が時々刻々確率的にただ1つの体験を選択経験する」ことを導いたことにはならない。

一つの理由としては、東大の清水明さんもよく強調するように、混合状態の分解の仕方が一般に一意でないことが挙げられる。

例えば電子スピンz成分のアップ状態|+z>とダウン状態|-z>の確率50%での混合状態は

ρ=1/2 |+z><+z| +1/2 |-z><-z|

で与えられる。

しかしこれはx成分やy成分の固有状態でも展開できて、やはりそれぞれの状態に対して50%混合になっている。つまり

ρ=1/2 |+x><+x| +1/2 |-x><-x|

=1/2 |+y><+y| +1/2 |-y><-y|

=1/2 |+z><+z| +1/2 |-z><-z|

が成り立っている。

従ってデコヒーレンスが完全に起きても、どの軸の観測が行われたか全く定まっていない例になっているのだ。

様々な純粋状態の確率混合で生成される量子状態が他の純粋状態の確率混合としても書ける例は無限にある。

また縮退のない混合状態ρをデコヒーレンスの結果として得たとしても、なぜその多数の分解成分に含まれる「ただ1つの経験」が選らばれて時々刻々人間は意識できるのかが説明されていない。 

安定した意識を保持する人間はただ1つの事象をそれぞれの時刻に生々しく体験しており、多くの異なる体験や記憶の確率的分布や重ね合わせを感じない。

コヒーレンス多世界解釈における観測問題の本質的困難を全く解消していないのだ。  

もし仮に世界が決定論的な古典力学だけで記述できていたのなら、確定した初期状態から世界が時間発展をする場合には各時刻でどの部分系も確定的な「ただ1つの」状態にある。

部分系の1つである人間の物理的自由度でも同様だ。

だから意識がただ一つの経験をそれぞれの時刻でしているという事実に、深く悩むことはなかったのだ。

しかし量子力学では状況が全く異なる。

ベルの不等式の破れによって実験的にも局所的な実在論が否定されてしまっているからだ。

例えば電子スピンのベクトル3方向成分の値は各時刻で決して決定論的には定まらない。

量子力学の最も基礎的なレベルでの記述は確率に頼らざるを得ない構造をしている。

このことから、なぜ意識が各時刻でただ1つの体験だけを認知するのかという問題が本質的になるのだ。

もしドイッチュの言うとおりに多世界(パラレルワールド)が本当に「実在」ならば、それは観測されるべきではないのか。

なぜ宇宙の時間発展とともに発生した人間意識が相反する歴史をもつ2つの実在世界や、もっと多数の実在世界を同時に認知できるように適合進化しなかったのか。

それは単にまだ人間の進化の時間が足らないだけなのか。

コヒーレンスでは説明のつかないこれらの問いをドイッチェは答えるべきだが、その合理的な解を彼は与えない。

 

多世界解釈を宣伝して有名にしたホィーラー自身もずっと意識の問題に悩む羽目になった。

図2は彼が晩年書いていた宇宙の概念図である。

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宇宙には外部観測者がいない。

宇宙自身が宇宙(Universe)を観測する。それを象徴しているのが「U」(宇宙)を観測している図の「眼」である。

波動関数が収縮をしないことを保証するユニタリー性(Unitarity)と、宇宙自身が宇宙を観測することがどう整合するのかを結局ホィーラーは明示的に解くことはできなかった。 

しかし波動関数を情報概念と捉える認識論的な現代的コペンハーゲン解釈では、ホィーラーが悩んだこの問題はそもそも存在しないのが大きな特徴だ。

現代的コペンハーゲン解釈は、意識の有無を判定する問題の部分を自家撞着が起こらないように鮮やかに切り分けることにより先のホィーラーのトートロジーを排除した、首尾一貫した理論なのである。

なお量子コンピュータが指数関数的に速いスピードで計算できる例は、現在ごく限られたものしか知られていない。

しかしそれらの速い量子計算の例は全てコペンハーゲン解釈だけで説明できる。

そのため実際には「多世界解釈が正しいから量子コンピュータは速い。」というドイッチュの説明を納得しない研究者が大多数なのである。

 

 

 

タキオン粒子間の重力は引力か、斥力か。

前野さん(@irobutsu)にツイッタータキオンについていろいろ教えてもらっているうちに、意外なことが分かって面白かった。

タキオン光速度より速く運動する粒子であり、因果律を破るため存在しないと考えられている。

しかしSF業界では多大なインスピレーションを与える源泉でもあり、多くの人に愛されている存在でもある。

問題は、2つのタキオンの間に働く重力は引力か、斥力かというところから始まった。

タキオンは超光速で運動するため、慣性質量の2乗が負になると通常言われている。

素朴に考えれば、これは純虚数の慣性質量をもつ存在だ。

これをまた素朴にニュートンの公式F=-G(m^2)/(r^2)に代入すると、タキオン間の重力は斥力になるようにも思える。

ところが前野さんと議論していくと、そう簡単な問題ではないことが分かってきた。

タキオンは静止させることができないため、それを重力源とする静的なブラックホール解は存在しない。

だから従来のようにブラックホールの漸近領域を解析してニュートンの公式を出すことはできないのだ。

それではどのようにタキオン間の重力の符号を定めればいいのだろうか。

前野さんは2本の電流の間に働く磁力と同様の設定で判定できると示唆してくれた。

ただ電流の場合は、それぞれの電線を流れる電流の向きで引力にも斥力にもなる。

果たしてタキオンを流す2本の"電線"の間に働く重力も、流れの向きによって引力と斥力の両方を示すのだろうか。

面白い問題だ。

まず普通の電流と異なる点を押さえておこう。

x軸方向に運動する速度v(>c:光速度)のタキオンを考えよう。

世界線はx=vt,y=z=0となる。

ここでv→+∞の極限を考えると、t=0,y=z=0の世界線になる。

これは流れでいうと、x軸の正の方向に無限大の速さでタキオンが走っているとも言える。

しかしポイントは、t=0,y=z=0の世界線はv→ー∞の極限でも得られることである。

つまりt=0,y=z=0の世界線は、同時にx軸の負の方向に無限大の速さで走っているとも言えることだ。

これは通常の電子の流れである電流と大きく違う点である。

電流ははっきりとした向きが決まっているが、タキオン流には向きが決まっていない。

このことから2本のタキオン流の間に働く重力(また他の任意の力)は、タキオン流の向きに依存していないことが分かる。

左から右に流れる2本のタキオン流に働く力も、片方が左から右、他方が右から左と流れるタキオン流に働く力も、同じになるはずだ。

ではその力は引力だろうか、斥力だろうか。

この問題を解く過程で面白いことも判明した。

タキオンのエネルギーと運動量は、ローレンツベクトルを組まないという事実だ。

通常の粒子のエネルギーと運動量はローレンツ変換(慣性系の変更)のもとで、4元ベクトルとして振る舞う。

しかしタキオンの場合そうではない。

タキオンのエネルギー運動量テンソルは厳密なローレンツ変換に対するテンソルになるにもかかわらず、それを空間体積積分して定義するエネルギーと運動量は厳密な4元ベクトルの変換性を満たさないのだ。

まずこのことから説明しよう。

簡単のために2次元の時空で考えよう。

平坦な時空計量の表記は以下のようにとる。  

f:id:MHotta:20140928094634j:plain通常粒子の復習から入ろう。

重力場中の質点の作用は、固有時間をパラメータにして下記のように与えられる。

f:id:MHotta:20140928094643j:plain

アインシュタイン方程式の右辺に出てくるエネルギー運動量テンソルは一般に作用を計量に関して汎関数微分して下記のように定義される。

f:id:MHotta:20140928094652j:plainだから平坦な時空上でのテンソルは上式のように計算される。

質点のエネルギーと運動量はこの密度を積分して、下記のように与えられる。

f:id:MHotta:20140928094658j:plainするとよく知られているように、エネルギーと運動量の間には上式の関係が成り立つ。

またこの場合、エネルギーは常に正である。

更にエネルギーと運動量が確かにローレンツベクトルを組むことも確かめられる。

さて対応して、タキオンを考えてみよう。

タキオンは速度が光速度より速い運動をするため、作用の被積分関数平方根の中身の符号を反転させておく必要がある。

このままだと作用全体が純虚数になってしまうため、質量mも純虚数にして作用全体は実数にしよう。

質量を純虚数にすることは従来のタキオンの扱いでもよくやられていることで、このおかげで作用は実数値をとれるのだ。

ただ作用全体の符号の取り方には不定性が残るが、μ>0としてとりあえず以下のように定めよう。

f:id:MHotta:20140928094705j:plainここで世界線のアフィンパラメータはλと書いてあり、上の関係を満たすものとする。

この作用から定義される平坦な時空でのタキオンのエネルギー運動量テンソルは下記のように計算される。

f:id:MHotta:20140928094713j:plainここでのポイントは、μを正にとっている限り、タキオンのエネルギー密度は通常粒子のエネルギー密度と同じ符号になるということだ。

だからそれから定義されるエネルギーEも非負の値しかとれない。

また運動量Pも下記のように従来と同様に定義しよう。

f:id:MHotta:20140928094722j:plainするとタキオンで予想されるエネルギーと運動量の上の関係式は確かに満たされている。

しかし問題なのは、もし(E,Pc)が本当にローレンツベクトルならば、それは空間的(spacelike)なベクトルであるためにある慣性系ではE<0となる点だ。

E>0となる慣性系があっても、そこからローレンツ変換をすれば、かならずEが負になる慣性性に移れるのだ。

しかし上の定義でEは負にならない。

タキオンのエネルギー運動量テンソルは確かに厳密にローレンツ変換テンソルとして変換されるにも拘わらず、である。

タキオンの(E,Pc)は厳密なローレンツベクトルではないのだ。

なぜこんなことが起きたのだろうか。

 

最初になぜ通常質点の(E,Pc)がベクトルになれたかを復習しよう。

まずエネルギー運動量テンソルは下記のように局所的に保存する。

f:id:MHotta:20140928094731j:plain実はこの保存則こそが体積積分である(E,Pc)をローレンツベクトルにしているのだ。

これを理解するために、簡単のためベクトル的な保存量Jから説明しよう。

f:id:MHotta:20140928094738j:plain

そしてこの式の両辺を下記の図1の台形で囲まれた時空領域で積分しよう。

t'=0の世界線は、別な慣性系の時間一定面に対応している。

Jは図1の赤い矢印のように静止した粒子の世界線上だけで値をもつとする。

f:id:MHotta:20140928094744j:plainガウス積分公式を使って、この面積分は各辺での線積分の和で書ける。

特にx=-Lとx=Lの積分は零となるため、L=∞として、下記の関係が成り立つことが分かる。

f:id:MHotta:20140928094753j:plainこれはJの第ゼロ成分の体積積分は各慣性系において不変であることを意味している。

つまりこの積分量はローレンツスカラーである。

同様の議論をJではなくエネルギー運動量テンソルに対して行うと、今度は下記のように空間積分量がローレンツベクトルになることが分かる。

f:id:MHotta:20140928094806j:plainここでLはローレンツ変換の行列である。

このため通常粒子では、エネルギーEと運動量Pの(E,Pc)は確かにベクトルになっていることが保証されている。

ではタキオンの場合はどうか。

同様に保存流Jの話を考えよう。

但しタキオンであるため、Jは図2の赤い矢印の上だけで非零とする。

Jの保存則の式の両辺を図2の台形領域で積分をしよう。

x'=0は別な慣性系での位置座標一定の世界線である。

 

f:id:MHotta:20140928133026j:plainすると今度は、t=±Tに対応する線積分が零となる。

代わりに下記の時間積分が残り、T=∞としても、それがローレンツスカラーとなるのだ。

f:id:MHotta:20140928094815j:plain同様のことをエネルギー運動量テンソルに行えば、下記の量が厳密なローレンツベクトルになる。

f:id:MHotta:20140928094823j:plainこのチルダ付きの時間積分量は、エネルギーEと運動量Pとは異なる量であることに注意が必要である。

つまりタキオンの場合、(E,Pc)がベクトルになることは、この保存則からは保証されていないのだ。

そして実際に(E,Pc)はベクトルでない。

具体例でみてみよう。

図3のような世界線のタキオンを考えよう。

f:id:MHotta:20140928094831j:plainローレンツ変換をして慣性系を変えると速度を指定するパラメータσには定数が足される。

この世界線のタキオンのエネルギー運動量テンソルの各成分は具体的に下記のように計算できる。

f:id:MHotta:20140928094840j:plainこれを用いると以下のように、上で定義されたチルダ付き時間積分量は確かにベクトルになっているが(E,Pc)はベクトルにならず、特にEは負になれないことが確認できる。

f:id:MHotta:20140928094849j:plainまた通常物質とタキオンが相互作用をする場合、時間一定面での空間積分で定義される全エネルギーは保存もしない。

 

さてタキオン間の重力の符号の問題に戻ろう。

作用を決めてしまったので、どのような重力がタキオン間に働くかを計算できる。

x軸を速度無限大で走る一様なタキオン流が、垂直方向に距離Lだけ離れて平行に走るテストタキオンにどのような加速度を生むかで、力の向きを定めてみよう。

これから出てくる答えは、タキオン流とテストタキオンの間の重力は「引力」というものだ。(計算間違えがなければ。)

またこのタキオン流と普通のテスト粒子の間の重力も「引力」という結果である。

但し、タキオンの作用においてμを負にとれば、タキオンのエネルギーは正にはなれず、また重力も「斥力」に変わる。タキオン同士でも、タキオンと通常粒子の間でもだ。

従ってタキオン粒子の作用の符号不定性のために、厳密には引力か斥力かは決定できない。

因果律を破るため普通タキオンは実在しないのが当たり前としても、もし仮にタキオンが実在するならば、μが正と負の2種類のタキオンがあるのかもしれない。

その場合、μ>0のタキオンでは重力は引力、μ<0のタキオンでは斥力、というのが今の結果である。

追記:前野さんから「タキオン場の理論を考える時にはタイムライクな超曲面をCauchy Surfaceに選びなさい」というコメントを頂いた。これは世の中がタキオンだけの理論ではそうなのだが、実際には(?)通常物質とタキオンの両方を考えなくてはいけない。そうすると通常物質に対していつも使っているスペースライクな超曲面もタキオン用のタイムライクな超曲面に加えて使用しなくてはならない。しかし全部の通常物質とタキオンの寄与の和を拾える超曲面は、時空全体の境界(つまり時間と空間の無限遠方の境界)しか存在しない。例えば2次元時空ならば、2つの超曲面t=-∞とx=-∞を結合をした超曲面や、t=+∞とx=+∞を結合をした超曲面の類しかなく、有限時刻を表す中間の超曲面がうまく定義できない。(斜め45度の光円錐座標系の1つの座標を一定に保つ超曲面も、それに沿う質量零粒子の寄与があるために厳密にはCauchy Surfaceになっていない。)だからグローバルに”時々刻々”保存する全エネルギーは定義できないのだ。(2014年9月29日)

 

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YQIP2014最終日。

昨日はYQIP2014の最終日。

最初の講演はシュッツホルトさんで、スピンネットワーク系における量子エンタングルメントのモノガミーを平均場近似の誤差評価に使う強力な定理のお話。

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また次の講演は遊佐さんの、量子ホール系を用いた量子エネルギーテレポーテーションの実験提案の話。

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最終日なのに疲れも知らないが如く、多数の参加者の皆さんがこの日も参加されて質問やコメントを沢山出して下さり、大変盛り上がった最後のセッションとなった。

今回本当に多くの参加者の方々に集まって頂き、期間を通じて活発な議論が講演会場、隣接する休憩部屋、そしてポスター発表の部屋等のあちこちで行われていて、新しい研究が生み出されていく予感を強く感じた。

これも講演者の方々はじめ、研究会を支えて下さった多くの皆さんのおかげだと深く感謝している。

来年度はまだ開催予定時期も未定で、かつ予算申請もYITPに採択されるかどうかも分からない状況だが、楽しく生産的な研究会の場を提供できればと願っている。

 

 

YQIP2014、3日目。

3日目の昨日は超弦理論場の理論における量子情報のセッションと、全体のポスターセッション。

招待講演者のヘドリックさんは場の理論(特にCFT)におけるエンタングルメントエントロピー(Entanglement Entropy)の計算の話。

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多分野の研究者のためのイントロを沢山用意して下さったのだが、質問も沢山出てご本人のお仕事の部分を詳しく話す時間が無くなってしまった。

だがそのおかげで場の理論のEEに詳しくない研究者の方々の間で多くの知識を共有できることにもなった。感謝。

午後のポスターセッションは初日にあった1人5分間のプレポスター口頭発表セッションの効果もあってか、他研究会ではなかなか見られないほど各場所で白熱した議論が起きていたようだ。

ここから新しい研究が生まれてくることを期待したい。

今日はシュッツホルトさんのスピン格子系におけるエンタングルメント・モノガミー(量子もつれの一夫一妻制)のお話と、遊佐さんの量子エネルギーテレポーテーションの実験提案のお話。

いよいよ最終日だ。

 

 

YQIP2014、2日目。

YQIP2014の2日目。午前のセッションの最初の招待講演はレズニックさん。f:id:MHotta:20140806035247j:plain冷却原子にQCDなどの非可換ゲージ理論の計算をさせる量子シミュレータのお話。

非可換ゲージ理論を解析的に解くのはとても難しい大問題。

現在では大型計算機(もちろん量子計算機ではなく、並列型の古典計算機)をフルに活用して研究が進められているが、それでもモンテカルロシミュレーションの負符号問題などのため、本当に欲しい精度の計算を行うことは大変な現状。

これを冷やされた原子の集団に短い時間量子的に動いてもらって、計算結果を彼らから教えてもらうことを目的にしているのが今回の内容。

この場合負符号問題は回避できるので、現在よりはるかに速い計算ができる可能性がある。

彼のトークは分野外の研究者にも分かりやすく構成されており、研究のモチベーションから丁寧に話してもらえた。

現時点でのすぐの実装はもちろん難しいけども、今後10年スケールで真剣に実現を試みる価値のある、とても将来性を感じさせる興味深い話だ。

 

午前2つ目の招待講演は、学習院大の田崎さん。

量子力学の第一原理から統計力学を基礎付けしようとする重要なテーマで、アンサンブルを最初から考えるような真似はせずに、典型的な熱平衡純粋状態(thermal pure state)を扱う話。

f:id:MHotta:20140806035334j:plain綿密に練られた構成と繰り返された練習を背景にして聴衆を見事に引き込み、一番多くの関心を呼んだ。

できたてホカホカの定理も紹介されており、とても得した気分。

ブラックホールの情報喪失問題に関してもこのような熱的純粋状態によるアプローチが今後きちんと考えられるべきだと、自分は今思っている。

(田崎さんは招待講演者だったのに大変気を遣って頂いて、世話人メンバーのように研究会場を動き回ってサポートをして下さり、有難くかつ恐縮してしまった。)

 

午後のセッションでは多くの異なるテーマを講演者の方々にお話し頂けた。

聴衆の方々にも新鮮な印象を感じてもらえたようだ。

異分野の話を聞くことで刺激を受けて新しい発想が生まれてくれば、研究会の運営側としても大変うれしい。

セッション終了後のバンケットも大盛り上がりで、打ち解けた雰囲気の中皆さんは議論とお酒を楽しまれていたようだった。

3日目は超弦理論的量子情報のセッションとポスター発表。

楽しみだ。

YQIP2014始まる。

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いよいよYQIP2014が始まった。

http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~yitpqip2014.ws/

国内外から多数の参加者の皆さんが集まって下さり、感謝。

初日はウンルーさんのトーク(上の写真)からスタート。

今回は参加されている方のバックボーンが様々なため(量子情報、統計力学、物性、一般相対論、超弦)、本題の前に30分の一般相対論イントロ・ミニマムを彼にお願いしてしまった。

事象の地平面を滝に落ちる川の水の中にいるサーモン(多分カナダの)の例で分かりやすく説明するところから始まり、直径1m程度の風船を使って時空の曲がりをデモンストレーション。

そしてペンローズダイアグラムの解説まできっちりしてくれた。

その後はブラックホールファイアーウォールに関連した話。

 

午後は東大の沙川さんのトークで、量子的マクスウェルの悪魔の話。

個人的には頭の中で再度整理できるいい機会となった。

(Sagawa-Uedaの結果はもっと他分野に浸透してもいいと思っている。)

 

その後、水曜日にあるポスターセッションの発表者による5分間ダイジェスト口頭発表のプレポスターセッション。

この企画の肝は、質問やコメントをその場で受け付けないこと。

会議初日に連続して面白そうな話を聴きながらも、どうしても聞いてみたい質問をその場では我慢してもらうことで、ある意味じらさせて頂き、2日目以降の休憩時間にその発表者を捕まえてどうしても議論を始めたくなることに狙いを置いている。

これで面白い研究の切っ掛けが出てくるとうれしい。

(自分も、何人も議論したい方々を見つけてしまった。ただ世話人の仕事があるため、満足に時間が取れない可能性が大きい。)

また発表者の顔と名前を初日に共有できるのは、今回のような異分野間交流で役立つとも期待。

 

2日目の午前のセッションは、レズニックさんの冷却原子を用いた非可換ゲージ理論の量子シミュレーターの話から始まり、田崎さんの純粋熱的状態による統計力学の基礎付けの話が続く。

午後も面白いトークが連続して、その後バンケットの予定。

ブラックホール蒸発過程における量子エンタングルメントの時間発展

ソウルで行なわれた相対論的量子情報の会議RQIN2014(http://physics.korea.ac.kr/RQIN2014/ )で、ドン・ペイジさんとブラックホール防火壁(ファイアーウォール、firewall)仮説について長く議論するチャンスに恵まれた。

彼は防火壁仮説の基礎になっているペイジ曲線の提唱者であり、ポルチンスキーさんらによって提唱された防火壁仮説はペイジ曲線の観点からも深刻なままという立場をとっていた。

彼はとても気さくな人であり、かつ物理の議論を好み、そして楽しむ方でもあったので、数日に渡る議論は自分にとって大変刺激的なものになった。

ペイジ曲線の話はペイジ時間とともに下記記事

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/15/112849

でも少し触れている。

ブラックホールには情報喪失問題というパラドクスがあり、現在多くの物理学者を悩ませている。

(これについては

http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/13/115916

も参照。)

ブラックホールを重力崩壊で作る物質の初期状態を量子的な純粋状態|Ψ〉としよう。

この初期状態では物質の各空間領域でのエネルギー密度はまだ十分に薄く、時空はほとんど平坦なものとして良い。

物質のダイナミクスと重力の効果により時間とともにある空間領域に物質が集中するようになってブラックホールが形成されるとしよう。

ブラックホールは古典的には時空に空いた穴のようなもので、一旦その中に落ちたものは何も外に出てこれない。

しかし量子力学の効果を取り入れると、状況は大きく変わる。

所謂ホーキング輻射という光子やニュートリノなどの熱輻射がブラックホールから発せられるのだ。

4次元時空の中の球対称なブラックホールの場合、その輻射の温度Tはブラックホールの質量Mに反比例する。

ホーキング輻射が無限遠方に向けてエネルギーを持ち出すため、ブラックホールは自分のエネルギーE、即ち質量M(=E/c²)を時間とともに失っていく。

しかもTがMに反比例するため質量の軽くなったブラックホールは非常に高温の輻射を出して爆発すると想像される。

問題はその爆発後の状態だ。

もしブラックホールが完全に蒸発しきって、かつ空間には物質の熱的輻射しか残っていなければ、それは統計力学に出てくるギブス状態のように、純粋状態ではなく混合状態で記述するのが素朴には良さそうに見える。

しかしもしそうだとすると、量子力学のユニタリー性が壊れていることになる。

始状態は重力崩壊を起こす物質の純粋状態|Ψ〉だったのに、終状態は物質の混合状態になっているためである。

これは|Ψ〉が持っていた量子情報の一部が失われたことを意味する。

つまり「情報喪失」問題である。

こんなことが本当に起きるかどうかが、多くの物理学者によって長い間検討されてきた。

超弦理論で発展してきたAdS/CFT対応では、ブラックホール蒸発過程でさえも量子力学のユニタリー性は成り立つことが示唆されている。

そうだとすると、蒸発後の終状態において、どこに、どのような形で、量子情報が保管されているのかが問題となる。

単に情報喪失が実際に起きるという古典的な仮説から、実はホーキング輻射のそれぞれの粒子は細いワームホールブラックホールと繋がっていて、量子情報的にはエンタングルメント状態になって情報喪失を防ぐ等の突飛な仮説まで、いろいろな物理学者がいろいろなシナリオを提案して検討している状況になっている。

情報喪失問題の研究において、ペイジさんの提出したペイジ曲線の議論は大きな一石を投じた。

彼の議論は以下のようなものである。

ブラックホールとホーキング輻射の合成系の状態は、量子重力の効果によって有限次元のヒルベルト空間で記述できるとし、そしてどの時刻においても純粋状態であるとする。

そしてブラックホールを記述する部分空間の次元は時間とともに減少し、ホーキング輻射を記述する部分空間の次元はそれを補うように増加すると考えるのだ。

2つのヒルベルト空間の直積で全ヒルベルト空間を表すとき、時間とともにブラックホールを記述していた自由度は輻射の自由度へと所属が移るとみなすわけだ。

彼はブラックホールができた時刻を初期時刻にとった。

その時には純粋状態にあるブラックホールしかなく、ホーキング輻射は存在していない。

しかし蒸発の最後の時刻にはブラックホールは完全に無くなり、輻射しか存在しないとする。

なお全体系のヒルベルト空間の次元は固定されている。

ブラックホール+ホーキング輻射の全体系は複雑な時間発展をする純粋状態となるはずだが、それを解くことは量子重力理論が未完成である現在不可能である。

そこでペイジさんは次のような立場をとる。

ある時刻にどの純粋状態をとるかは分からないが、多分それはヒルベルト空間内の"典型的(typicalな)"状態の1つにはなっているはずだと。

それで彼は合成系の各純粋状態に対して量子もつれ指標の1つであるエンタングルメントエントロピー(Entanglement Entropy, EEと以下略す。)を計算し、それを全ヒルベルト空間で平均化してみる。

するとその典型的状態においてはほとんど最大のエンタングルメントがブラックホールと輻射の間に生じているという結論に達した。

これに基づいてペイジさんは各時刻の全体系の純粋状態でも、ブラックホールとホーキング輻射の間にほぼ最大のエンタングルメントがあるという仮説を立てた。

そうだとするとEEは、その時刻でブラックホールと輻射の2つの中でより小さいなヒルベルト空間の部分空間次元Dの対数lnDで与えられる。

最初はブラックホールしかなく輻射の次元は真空状態に対応する1次元分しかなかったので、ペイジさんはD=1としてEEは零から出発するとした。

時間とともに輻射の状態空間は広がり、そのDも大きくなるため、EEはしばらく単調増加する。

そしてブラックホールと輻射の次元が一致するときにEEは最大値をとる。

その時刻は現在ペイジ時間と呼ばれている。

ペイジ時間以降、今度はブラックホールの次元のほうが輻射の次元より小さくなるため、Dはブラックホールの次元をとることになる。

時間とともにブラックホールは小さくなるためEEも単調減少をして、ブラックホールが完全蒸発した時点でEEは零になると考えるのだ。

このブラックホールとホーキング輻射の間のEEを縦軸にとり、また輻射のヒルベルト空間の次元の対数を時間軸として横軸に書いたグラフをペイジ曲線と呼ぶ。

 

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ペイジ曲線を信じると、ブラックホールが完全蒸発した後には初期に放出されたホーキング輻射とペイジ時間以降に放出されたホーキング輻射の間にもほぼ最大のエンタングルメントが生じることになる。

これが本当だと仮定して、ポルチンスキーさん達はブラックホール防火壁仮説を立てた。そして地平面で時空は終わり、ブラックホール内部空間は存在しないとしたわけだ。

つまりペイジ曲線の描像は防火壁仮説の肝として使われている。

 

これらを踏まえて、ソウルの会議でペイジさんと議論したときに自分は以下のいくつかのポイントを指摘してみた。

まず典型的量子状態における量子エンタングルメントとエネルギーに対してである。

ペイジさんより以前に既にセス・ロイドさんの博士論文で指摘されていた、2つの合成系の典型的純粋状態でエンタングルメントがほぼ最大になるという事実(http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/18/190400)は、あるハミルトニアンを仮定している。

ロイドさんは量子統計力学の基礎に興味があったため、彼のモデルは弱くしか相互作用をしない多体系を簡単化したものになっている。

相互作用を零にしたときにはヒルベルト空間の全ての状態は同じエネルギーをとるという、膨大なエネルギー縮退度を仮定している。そこに少しだけ相互作用を入れて全体系を平衡状態に緩和していく話だ。

ペイジさんの計算も実は同じことを知らぬ間に仮定している。

しかし実際の多体量子系ではこのようなヒルベルト空間全体に渡るエネルギー縮退は満たされず、状態密度関数はエネルギーを増加させるとともに普通は指数関数的に増加する。

ブラックホールとホーキング輻射の場合も、そのはずだ。

しかしそうだとすると、ペイジさんの典型的状態は理論の紫外発散のカットオフΛに近い高エネルギーを持ち、さらにエネルギー密度もほぼ最大となることが分かる。

つまり彼の典型的状態は、各空間領域で非常にランダムに力学的自由度が揺らいでいる高エネルギー状態である。

このような場合には、ブラックホールと輻射の間のエンタングルメントはほぼ最大となり、EEは2つのうち小さいほうの部分系の体積Vに比例する「体積則」に従うことになる。

つまりペイジ曲線は、彼が定義した典型的状態においてブラックホールと輻射の間のエンタングルメントが「体積則」に従っているという性質に基づいて書かれているのだ。

しかし通常の低エネルギーの場の量子論の描像が使える量子状態では、EEは「体積則」ではなく、2つの部分系の境界の面積にEEが比例する「面積則」にほぼ従うことが知られている。

情報喪失問題で考えられる始状態も、このような物質場の低エネルギー密度状態である。

ブラックホールの形成蒸発過程でもエネルギー保存則は成り立つため、蒸発後の輻射の状態でも初期と同じ程度の低エネルギー密度分布に戻るはずである。

つまりホーキング輻射のエネルギー密度も薄いため、終状態はやはり低エネルギーの量子場の理論で記述できる、EEの「面積則」に従う状態のはずである。

このことから、自分はペイジさんに彼の典型的状態はブラックホール蒸発過程の終状態ではありえないという主張をして議論を開始してみた。

いろいろな物理系の例を挙げながら議論をしているうちに2日目には彼も彼の典型的状態がカットオフスケールの高エネルギーそして高エネルギー密度を持つ状態であること、そして低エネルギー状態ではエンタングルメントは最大にはならないことを受け入れてくれた。

最大エンタングルメントを持つ状態を時間とともに辿るペイジ曲線は、理論がとれる最大エネルギー値に近い典型的状態においては実現されるかもしれないが、実際の蒸発過程で達成するかどうかは不明ということになった。

従って、ポルチンスキーさん達が地平面付近でのファイアーウォールの出現に関して仮定していた根拠の一部もなくなった。

しかしペイジさんは真空状態やそれに近い低エネルギーの量子状態でもなく、またカットオフスケールに近い高エネルギー状態でもない中間スケールのエネルギー領域で典型的状態を考えれば、ある程度ペイジ曲線は再現できる可能性は捨てられないと言っていた。

ただしペイジさん自身でもまだこの中間エネルギー領域をチェックしていないので、根拠はないとも同時に言っていたところで議論の時間が無くなり、また機会を改めてということとなった。

 

なおペイジさんだけでなく、超弦理論の分野では熱的平衡が出てくると必ずギブス状態のようなアンサンブル平均を持ち出す。

しかし熱的純粋状態を用いた定式化では、そのようなアンサンブルを持ち出さなくても熱的な物理量を再現できる。

一般に量子情報は非常に高エネルギーな自由度と真空の零点振動のような低エネルギー自由度との間ですらも共有できる非常にデリケートな概念であるため、正確な設定を考えずにギブス状態を用いてエンタングルメント指標を計算すると、正しい答えと全然違う値になることとがしばしば起きる。

ペイジさんと話していて分かったのは、ペイジ曲線の形は熱力学エントロピーからの直観から主に来ており、量子場における正しいEEの定義式からスタートをさせていないということ。

例えば、ブラックホールしかなく輻射が存在しない蒸発の初期状態でも、輻射の量子場の真空状態の零点振動が既にブラックホールの一部ともつれているとも考えられる。

実際動的鏡モデル(moving mirror model)ではそのような結果を得ることもできる[1]。

そうだとするとペイジ曲線は初期値が零から出発するのもおかしく、もっと大きな値からスタートすべきだ。

また低エネルギーの場の理論で記述できる励起状態にある物質を重力崩壊させるときには、ブラックホール蒸発過程でもEEは「体積則」でなく、むしろ「面積則」を満たしながらペイジ曲線は書かれるべきで、それは最大エンタングルメントの値を辿る現在のペイジ曲線よりずっと小さいなEE領域を通過すべきだと思う。

ペイジさんとはまた別な機会にゆっくりと議論を深めていきたい。 

なおこのあたりのペイジ曲線に対する批判は、[1]の論文にも書いた。

[1] M.Hotta, J. Matsumoto, and K. Funo, Phys. Rev. D89,124023, (2014). 

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