Quantum Universe

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タキオン粒子間の重力は引力か、斥力か。

前野さん(@irobutsu)にツイッタータキオンについていろいろ教えてもらっているうちに、意外なことが分かって面白かった。

タキオン光速度より速く運動する粒子であり、因果律を破るため存在しないと考えられている。

しかしSF業界では多大なインスピレーションを与える源泉でもあり、多くの人に愛されている存在でもある。

問題は、2つのタキオンの間に働く重力は引力か、斥力かというところから始まった。

タキオンは超光速で運動するため、慣性質量の2乗が負になると通常言われている。

素朴に考えれば、これは純虚数の慣性質量をもつ存在だ。

これをまた素朴にニュートンの公式F=-G(m^2)/(r^2)に代入すると、タキオン間の重力は斥力になるようにも思える。

ところが前野さんと議論していくと、そう簡単な問題ではないことが分かってきた。

タキオンは静止させることができないため、それを重力源とする静的なブラックホール解は存在しない。

だから従来のようにブラックホールの漸近領域を解析してニュートンの公式を出すことはできないのだ。

それではどのようにタキオン間の重力の符号を定めればいいのだろうか。

前野さんは2本の電流の間に働く磁力と同様の設定で判定できると示唆してくれた。

ただ電流の場合は、それぞれの電線を流れる電流の向きで引力にも斥力にもなる。

果たしてタキオンを流す2本の"電線"の間に働く重力も、流れの向きによって引力と斥力の両方を示すのだろうか。

面白い問題だ。

まず普通の電流と異なる点を押さえておこう。

x軸方向に運動する速度v(>c:光速度)のタキオンを考えよう。

世界線はx=vt,y=z=0となる。

ここでv→+∞の極限を考えると、t=0,y=z=0の世界線になる。

これは流れでいうと、x軸の正の方向に無限大の速さでタキオンが走っているとも言える。

しかしポイントは、t=0,y=z=0の世界線はv→ー∞の極限でも得られることである。

つまりt=0,y=z=0の世界線は、同時にx軸の負の方向に無限大の速さで走っているとも言えることだ。

これは通常の電子の流れである電流と大きく違う点である。

電流ははっきりとした向きが決まっているが、タキオン流には向きが決まっていない。

このことから2本のタキオン流の間に働く重力(また他の任意の力)は、タキオン流の向きに依存していないことが分かる。

左から右に流れる2本のタキオン流に働く力も、片方が左から右、他方が右から左と流れるタキオン流に働く力も、同じになるはずだ。

ではその力は引力だろうか、斥力だろうか。

この問題を解く過程で面白いことも判明した。

タキオンのエネルギーと運動量は、ローレンツベクトルを組まないという事実だ。

通常の粒子のエネルギーと運動量はローレンツ変換(慣性系の変更)のもとで、4元ベクトルとして振る舞う。

しかしタキオンの場合そうではない。

タキオンのエネルギー運動量テンソルは厳密なローレンツ変換に対するテンソルになるにもかかわらず、それを空間体積積分して定義するエネルギーと運動量は厳密な4元ベクトルの変換性を満たさないのだ。

まずこのことから説明しよう。

簡単のために2次元の時空で考えよう。

平坦な時空計量の表記は以下のようにとる。  

f:id:MHotta:20140928094634j:plain通常粒子の復習から入ろう。

重力場中の質点の作用は、固有時間をパラメータにして下記のように与えられる。

f:id:MHotta:20140928094643j:plain

アインシュタイン方程式の右辺に出てくるエネルギー運動量テンソルは一般に作用を計量に関して汎関数微分して下記のように定義される。

f:id:MHotta:20140928094652j:plainだから平坦な時空上でのテンソルは上式のように計算される。

質点のエネルギーと運動量はこの密度を積分して、下記のように与えられる。

f:id:MHotta:20140928094658j:plainするとよく知られているように、エネルギーと運動量の間には上式の関係が成り立つ。

またこの場合、エネルギーは常に正である。

更にエネルギーと運動量が確かにローレンツベクトルを組むことも確かめられる。

さて対応して、タキオンを考えてみよう。

タキオンは速度が光速度より速い運動をするため、作用の被積分関数平方根の中身の符号を反転させておく必要がある。

このままだと作用全体が純虚数になってしまうため、質量mも純虚数にして作用全体は実数にしよう。

質量を純虚数にすることは従来のタキオンの扱いでもよくやられていることで、このおかげで作用は実数値をとれるのだ。

ただ作用全体の符号の取り方には不定性が残るが、μ>0としてとりあえず以下のように定めよう。

f:id:MHotta:20140928094705j:plainここで世界線のアフィンパラメータはλと書いてあり、上の関係を満たすものとする。

この作用から定義される平坦な時空でのタキオンのエネルギー運動量テンソルは下記のように計算される。

f:id:MHotta:20140928094713j:plainここでのポイントは、μを正にとっている限り、タキオンのエネルギー密度は通常粒子のエネルギー密度と同じ符号になるということだ。

だからそれから定義されるエネルギーEも非負の値しかとれない。

また運動量Pも下記のように従来と同様に定義しよう。

f:id:MHotta:20140928094722j:plainするとタキオンで予想されるエネルギーと運動量の上の関係式は確かに満たされている。

しかし問題なのは、もし(E,Pc)が本当にローレンツベクトルならば、それは空間的(spacelike)なベクトルであるためにある慣性系ではE<0となる点だ。

E>0となる慣性系があっても、そこからローレンツ変換をすれば、かならずEが負になる慣性性に移れるのだ。

しかし上の定義でEは負にならない。

タキオンのエネルギー運動量テンソルは確かに厳密にローレンツ変換テンソルとして変換されるにも拘わらず、である。

タキオンの(E,Pc)は厳密なローレンツベクトルではないのだ。

なぜこんなことが起きたのだろうか。

 

最初になぜ通常質点の(E,Pc)がベクトルになれたかを復習しよう。

まずエネルギー運動量テンソルは下記のように局所的に保存する。

f:id:MHotta:20140928094731j:plain実はこの保存則こそが体積積分である(E,Pc)をローレンツベクトルにしているのだ。

これを理解するために、簡単のためベクトル的な保存量Jから説明しよう。

f:id:MHotta:20140928094738j:plain

そしてこの式の両辺を下記の図1の台形で囲まれた時空領域で積分しよう。

t'=0の世界線は、別な慣性系の時間一定面に対応している。

Jは図1の赤い矢印のように静止した粒子の世界線上だけで値をもつとする。

f:id:MHotta:20140928094744j:plainガウス積分公式を使って、この面積分は各辺での線積分の和で書ける。

特にx=-Lとx=Lの積分は零となるため、L=∞として、下記の関係が成り立つことが分かる。

f:id:MHotta:20140928094753j:plainこれはJの第ゼロ成分の体積積分は各慣性系において不変であることを意味している。

つまりこの積分量はローレンツスカラーである。

同様の議論をJではなくエネルギー運動量テンソルに対して行うと、今度は下記のように空間積分量がローレンツベクトルになることが分かる。

f:id:MHotta:20140928094806j:plainここでLはローレンツ変換の行列である。

このため通常粒子では、エネルギーEと運動量Pの(E,Pc)は確かにベクトルになっていることが保証されている。

ではタキオンの場合はどうか。

同様に保存流Jの話を考えよう。

但しタキオンであるため、Jは図2の赤い矢印の上だけで非零とする。

Jの保存則の式の両辺を図2の台形領域で積分をしよう。

x'=0は別な慣性系での位置座標一定の世界線である。

 

f:id:MHotta:20140928133026j:plainすると今度は、t=±Tに対応する線積分が零となる。

代わりに下記の時間積分が残り、T=∞としても、それがローレンツスカラーとなるのだ。

f:id:MHotta:20140928094815j:plain同様のことをエネルギー運動量テンソルに行えば、下記の量が厳密なローレンツベクトルになる。

f:id:MHotta:20140928094823j:plainこのチルダ付きの時間積分量は、エネルギーEと運動量Pとは異なる量であることに注意が必要である。

つまりタキオンの場合、(E,Pc)がベクトルになることは、この保存則からは保証されていないのだ。

そして実際に(E,Pc)はベクトルでない。

具体例でみてみよう。

図3のような世界線のタキオンを考えよう。

f:id:MHotta:20140928094831j:plainローレンツ変換をして慣性系を変えると速度を指定するパラメータσには定数が足される。

この世界線のタキオンのエネルギー運動量テンソルの各成分は具体的に下記のように計算できる。

f:id:MHotta:20140928094840j:plainこれを用いると以下のように、上で定義されたチルダ付き時間積分量は確かにベクトルになっているが(E,Pc)はベクトルにならず、特にEは負になれないことが確認できる。

f:id:MHotta:20140928094849j:plainまた通常物質とタキオンが相互作用をする場合、時間一定面での空間積分で定義される全エネルギーは保存もしない。

 

さてタキオン間の重力の符号の問題に戻ろう。

作用を決めてしまったので、どのような重力がタキオン間に働くかを計算できる。

x軸を速度無限大で走る一様なタキオン流が、垂直方向に距離Lだけ離れて平行に走るテストタキオンにどのような加速度を生むかで、力の向きを定めてみよう。

これから出てくる答えは、タキオン流とテストタキオンの間の重力は「引力」というものだ。(計算間違えがなければ。)

またこのタキオン流と普通のテスト粒子の間の重力も「引力」という結果である。

但し、タキオンの作用においてμを負にとれば、タキオンのエネルギーは正にはなれず、また重力も「斥力」に変わる。タキオン同士でも、タキオンと通常粒子の間でもだ。

従ってタキオン粒子の作用の符号不定性のために、厳密には引力か斥力かは決定できない。

因果律を破るため普通タキオンは実在しないのが当たり前としても、もし仮にタキオンが実在するならば、μが正と負の2種類のタキオンがあるのかもしれない。

その場合、μ>0のタキオンでは重力は引力、μ<0のタキオンでは斥力、というのが今の結果である。

追記:前野さんから「タキオン場の理論を考える時にはタイムライクな超曲面をCauchy Surfaceに選びなさい」というコメントを頂いた。これは世の中がタキオンだけの理論ではそうなのだが、実際には(?)通常物質とタキオンの両方を考えなくてはいけない。そうすると通常物質に対していつも使っているスペースライクな超曲面もタキオン用のタイムライクな超曲面に加えて使用しなくてはならない。しかし全部の通常物質とタキオンの寄与の和を拾える超曲面は、時空全体の境界(つまり時間と空間の無限遠方の境界)しか存在しない。例えば2次元時空ならば、2つの超曲面t=-∞とx=-∞を結合をした超曲面や、t=+∞とx=+∞を結合をした超曲面の類しかなく、有限時刻を表す中間の超曲面がうまく定義できない。(斜め45度の光円錐座標系の1つの座標を一定に保つ超曲面も、それに沿う質量零粒子の寄与があるために厳密にはCauchy Surfaceになっていない。)だからグローバルに”時々刻々”保存する全エネルギーは定義できないのだ。(2014年9月29日)

 

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