と言っても、小沢健二の曲のことではない。
科学者達が世界を股にかけて旅をする理由のことだ。
昨今ではネットでつないだテレビ会議もよく行われているが、それでは得られない大切なものがリアルな国際会議にはある。
テレビ会議やメールでは決まった相手としか議論はできないし、自分達の研究も知らせることはできない。
国際会議に行くといろいろな分野の研究者が世界中から来ており、多くの刺激が待っている。講演はもちろん新しい知見に触れられるものとなる。
しかしその合間のコーヒーブレイクやランチ、ディナーでも知らない人に自己紹介をしつつ相手の研究内容を聞いたり、こちらの研究を教えたりできるのだ。
偶然隣に座った人が自分の研究にとても関係のあるお仕事をされていることを知って驚く。
様々なセレンディピィティの確率も高まる場でもある。
conference tourとかexcursionとか呼ばれる開催地の観光が企画されている場合には、皆で出かける。
そのバスの中や目的地でも研究の内容をわいわいと議論しているのが科学者という生き物だ。
相手の顔を見ながら、彼らのアカデミックな背景や人柄まで感じつつ、多いに議論を楽しんで国際的なネットワークを広げていくのである。
ネットの世界だけでは決して得ることできない貴重な経験ができる。
今自分は、イスラエルの量子論の基礎的諸問題に関する国際会議からの帰途のパリの空港でこれを書いている。
今回の旅も実り大きなものだった。
会議の前にはテルアビブ大学を訪問してセミナーをさせてもらい、レフ・バイドマンさんを始め多くの人達と知り合うことができた。
また長年持っていた弱値に関する多くの疑念を弱値提唱者の一人であるバイドマンさんにぶつけることもできたし、途中でもう一人の弱値の提唱者であるアハロノフさんにも偶然会って話すこともできた。(彼はAB効果の発見でも有名である。)
また参加したCOST2014という会議では多くの友人に再会して議論ができたし、ブラックホールのエントロピーでも有名なベッケンシュタインさんを含む、新しい知り合いも増えた。(アハロノフさんもベッケンシュタインさんもご高齢に関わらず、現役でアクティブな研究活動を続けているのには舌を巻く。)
この会議でもエルサレムへのconference tourが入っていた。
物理学者の多くの仲間達と"巡礼"の旅をするとはちょっと前まで思いもしなかった。
ツアーのあった日は午後丸々これに当てられ、案の定移動中は皆わいわいと様々なことを大声で話していた。
そんなことを予想していた開催者側は賢明にも、沈黙を要求される信仰の場の多くは見学からはずしていた。
ただユダヤ教徒の聖地である嘆きの壁だけは近くまで行けた。そこは多くのユダヤ教徒と観光客で賑わっていたが、さすがに騒ぐ物理学者は1人もいなかった。
中には多くの信仰者の振る舞いを真似て頭を壁につけてしばらく瞑想してみる人もいた。(彼は中国系アメリカ人で、明らかにユダヤ教徒ではない。)
物理学者は基本的には好奇心の強い「素直な」人種なのである。
磔刑後にイエスキリストの遺骸が納められたという洞窟跡地に建つ教会にも行った。
そこでは一人の物理学者がイエスの巨大な絵画に感動をして思わず"オー、ジーザス!"と叫んだ後、こちらを向いて"だって本当にジーザスだものね"と茶目っ気を交えて微笑んだりもした。
ツアー中は代わる代わる話し相手を変えながら物理の議論も堪能しながら、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の多くの歴史に触れることができたことは大変興味深かった。
国際会議出席の予期せぬボーナス部分であった。