Quantum Universe

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物理学における存在とは?

「存在とは何か?」という問題は、本来実に根が深い。

例えば、相対論的量子場の真空状態|0〉を考えよう。

普通の慣性系での量子化では、真空は粒子数が零の状態だ。

またエネルギー密度の期待値もどこでも零だ。

そして図1のように慣性運動している測定機Aで測っても、粒子は観測されない。

空っぽの「無」の状態そのもののように思える。

しかしFulling-Davies-Unruh効果、通称「ウンルー効果」という面白い現象が知られている。

図1のBのように真空中を一様加速度運動をしている測定機は、あたかもその加速度に比例する温度の熱浴の中にいるように振る舞うのだ。

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またこの一定の加速度κで運動している測定機を記述するのに便利な図2のリンドラー座標系(τ,u,y,z)に移ると、この座標系での粒子数も零ではなくなり、多数の粒子が有限温度の分布をしているように見える。(cは光速度で、図1ではu=0の軌跡を測定機は描いている。)

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リンドラー座標系の空間座標値uが一定の軌道上を運動する測定機はそれぞれ、その加速度a(u)に比例する温度の熱浴を観測する。

またアインシュタインを一般相対論構築に導いた有名な等価原理により、この一様加速度運動をしている測定機は図3のような静的な重力場の中に置かれているのと変わらない。

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一般相対論で記述される静的重力場中の熱平衡系では、温度が重力ポテンシャルの影響で異なることが知られている。

(相対論的効果のない熱力学における平衡系の温度は、どこの部分でも同じ。)

平衡系においてポテンシャルの深い場所では温度が高く、ポテンシャルの浅いところでは温度が低くなる。

ウンルー効果で観測される熱浴も、等価原理によって出てくる静的重力場に対して、正しくこの熱平衡関係を満たしていることが確認できる。

実にこの熱浴は、いかにも「存在」らしく、正しく振る舞うのだ。

 

古典電磁気学では、慣性系で電磁場が零ならば他のどんな座標系でも電磁場は零であった。

このため存在するとか、存在しないとかは明確に定義できていた。

しかし場の量子論になると、このように簡単に判断はできなくなる。

「存在」や「無」は、観測者や測定機に依存する概念となるのだ。

ただ「存在しているように観測できる。」ということが、「実在」していることと同義であるかも怪しくなる。

実際真空状態におけるエネルギー密度の期待値は、慣性系と同様に、リンドラー座標系でも零である。

それだけではない。

エネルギー運動量テンソルの全ての成分の期待値が零になっている。

存在して見えるこの熱浴は、エネルギーを持った実在でないということだ。

 

この不思議なウンルー効果は、質量が無限大に近いブラックホールのホーキング輻射とも関係が深い。

また最近では、ウンルー効果を通じて、真空の零点振動の量子エンタングルメントはブラックホールエントロピーとも関係していると考えられている。

ウンルー効果を足がかりにして、現在多くの研究者がより深い量子情報と時空の関係性を探求している。

なお8月に京大基研で行われる量子情報物理学の国際研究会YQIP2014(http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~yitpqip2014.ws/ )には、このウンルー効果の発見者であるウンルーさん自身も参加予定である。

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