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Quantum Universe

量子情報物理学を中心とした話題で、気が向いたときに更新。ツイッター: https://twitter.com/hottaqu

量子テレポーテーションは、本当はテレポーテーションではないのか。

量子テレポーテーション

最近よく聞くバズワードかと思う。

物理学の世界においてこのテレポーテーションは実験もなされ、応用が試みられる段階だ。

しかし一般の方々の中には、本当に人類が瞬間移動の術を手に入れたと勘違いされている人もいらっしゃるようだ。

それに対して物理の専門家は、量子テレポーテーションでSF的な瞬間移動装置を作るのはできないことも説明してきた。

この事実を強調することはとても意義があることだと思う。

このプロトコルではある古典的な情報を相手に伝える必要があるため、情報通信の最大速度である光速を超えてテレポーテーションを起こすことはできないのだ。

そのため物理学でいう「因果律」も破ることはない。

ただ認識論的な量子論解釈である現代的なコペンハーゲン解釈では、テレポーテーションの送り手側にとっては確かに瞬間移動のように見える現象ではある。

ただし受け手にとっては瞬間移動ではなく、因果律に則った時間を必要とする量子情報の伝達となる。

今回はこの件を紹介してみよう。

まずSFのテレポーテーションが仮に実現したとして、何をすることになっているか振り返ってみる。

それは人間の体を含む物体、即ちモノを遠隔地に瞬間的に移動させる方法だ。

ではモノとは何だろう。

現代の物理学で検証されている最も基礎的なモノは「量子場」である。

場というのは宇宙全体に敷き詰められた絨毯のようなものである。

例として古典的には電磁場というものが分かりやすいだろう。

そのような古典場に量子論の効果を取りいれたのが量子場である。

そして光子も電子もクォークも、また最近見つかったヒッグス粒子も、この量子場に起きるさざ波としての「励起」に過ぎないのだ。

我々の体や世の中の様々な物体はこれらの素粒子からできている。

ところが素粒子1つ1つには個性というものがない。

もともと量子場という名の絨毯の皺のようなものが、勢いを持ってあちこちに伝搬していくのが素粒子だ。

2個の同種粒子があるとして、その2つをこっそり交換しても物理的に区別することはできない。

素粒子はどれも統一規格の素材に過ぎないのだ。

では、我々や様々な物体の「個性」はどこからくるのか。

それは集まった素粒子の量子的運動を記述する量子状態の差に起因している。

つまりモノのアイデンティティとは、量子状態に収納されている量子情報そのものなのである。

物理学における量子テレポーテーション[1]では、素粒子の集まりである物体そのものは転送できないが、そのモノの個性を完全に記述する量子状態、そして量子情報を転送している。

図1にその概念図を与えた。

f:id:MHotta:20140524035703j:plain

空間的に離れた領域にアリスとボブがいる。アリスは量子系を持っており、その量子状態|ψ〉がその量子系のモノとしての個性を記述している。

アリスは他の素粒子も持っており、それらはボブが持っている素粒子との間に量子エンタングルメントを共有しているとする。

そのエンタングルメントは最大であるとしよう。

するとボブの素粒子は局所的には最大エントロピー状態となり、全く有用な情報が含まれていないことが分かる。

しかし図1のようにアリスがある測定を|ψ〉の状態の量子系と素粒子達にしてやると、面白いことが起こせる。

得た測定結果をボブに電話やメールなどの古典通信で伝えてやり、ボブがその結果に応じたある操作を自分の素粒子達に施すと、アリスの持っていた量子状態|ψ〉がそこに現れるのだ。

その代わり、測定の反作用によってアリスの量子系には|ψ〉の情報が全く無くなってしまう。

つまりモノとしての個性である量子状態|ψ〉がアリスからボブに転送されたことになる。

ここで重要なのは、|ψ〉はアリスにとってもボブにとっても未知で構わないという点である。

普通の方法では|ψ〉が未知な場合、まずアリスは|ψ〉だけを測り、|ψ〉に依存したその情報をボブに送って、その情報に基づいてボブは|ψ〉を再度作り直す必要がある。

しかし|ψ〉が1個しかない場合には、この方法では|ψ〉をどんな測定でも一意に確定させることはできない。

そのためボブは粗悪なコピーしか作ることができない。

一方量子テレポーテーションでは、完全な|ψ〉の転送ができてしまうのだ。

|ψ〉をモノの個性そのものとすれば、ボブが手に入れるモノは正しくアリスが持っていたモノに相違ない。

そしてアリスの手元にはそのモノの記憶の片りんも残っていないのだ。

未知の量子状態|ψ〉を完全にコピーできる方法があれば、|ψ〉のコピーを沢山作ってそれらを測定して|ψ〉を完全決定することも可能だ。

だがそれは量子力学の量子複製禁止定理[2]により不可能であることも知られている。

正確なコピーを作れない量子状態|ψ〉は、物凄く強固なアイデンティティを持っている。

この意味で量子テレポーテーションは、素粒子を転送することはできないが、本質的に「モノ」の転送であるとは言えるのだ。

 現代的コペンハーゲン解釈に基づけば、「アリスにとって」この|ψ〉はまさに瞬間的にボブに転送されていると表現することもできるのが面白いところだ。

 以下では話を具体的にするために電子スピンの状態のテレポーテーションを考えてみよう。

図2、図3、図4にそのプロトコルを書いた。

先の話の中のアリスが持っている素粒子は、電子スピンに置き換えられる。

そしてボブの電子スピンと共有する最大エンタングルメントの状態は所謂1つのベル状態になっている。

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自分が持っている2つのスピンが4種類ある最大量子エンタングルメント状態(ベル状態)のうちどの1つにあるのかを確かめる測定(ベル測定)をアリスが行う。

すると図3のようにその結果は等確率に現れる。

この測定直後に「アリスにとって」ボブのスピンに波動関数の収縮が起きて、そのスピンは|ψ〉に依存するようになる。

つまりなんらかの|ψ〉の情報が「瞬間的」にボブに届いたようにアリスは思うのだ。

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これが"テレポーテーション"のように見える理由である。

ただしボブのスピンの状態は正確には|ψ〉ではなく、それに測定結果αに依存したあるユニタリー操作が施されているものになっている。

それを改善するために、アリスはボブに測定結果を連絡する。

するとボブはアリスの情報を得た途端、自分のスピン系の知識が増えてボブにとってのスピンの量子状態は書きかえられる。

つまりボブにとってもスピン系の波動関数の収縮が起きるのだ。

そして量子状態でずれている部分を逆操作で修正することでどの測定結果の場合でも、図4のように正しい|ψ〉を再現することができるのだ。

f:id:MHotta:20140524035724j:plain

また図5のようにアリスからボブに結果を伝える際には光の速さを超えて情報を送ることはできないため、因果律は破れていないのである。

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さてここで素朴な疑問が起こるかもしれない。

量子的にアリスのスピンともつれたボブのスピンは、ボブによって厳重に保管することが可能だ。

例えば図6のように外部からの相互作用を遮断するような箱の中にスピンを保管することを想定してみよう。

f:id:MHotta:20140524035738j:plain

アリスからの情報は携帯電話の電波等に載せられて送られてくるが、ボブのスピンとは相互作用をしない。

しかしボブは、スピンの状態が|ψ〉に依存した純粋状態であることを「知る」。

スピンは相互作用をしなかったのだから、ボブがアリスから情報を聞く前から、そしてアリスが測定をした時刻、もしくはそれ以前にも、実はボブのスピンは|ψ〉に依存した純粋状態だったのではないかと考えたくなる。

答えは「そう考えてもいいし、そう考えなくても良い。」というものだ。

もともとはベル状態にあったスピン対の片割れであったので、もちろんボブのスピンは局所的には|ψ〉に依存しない最大エントロピー状態にあると考えてもいい。

ボブがどちらが正しいのかを確かめるとしたら、アリスが情報をよこす前にボブは自分のスピンを調べる必要がある。

しかしアリスの測定結果を知らないため測定結果は、各確率で平均されたものになってしまう。

今の場合測定後に|ψ〉からのずれを起こすユニタリー操作は単位行列と3つのパウリ行列成分の合計4つである。

すると図7下式の項等式が任意の|ψ〉に対して成り立つため、どんな測定をボブがスピンに行っても、|ψ〉に依存した状態であったかなかったかについて確認できないのだ。

f:id:MHotta:20140524035745j:plain

このためどちらの考え方でも整合しているのである。

量子力学の認識論的解釈において別に問題にならない。

[1]で基本的な概念が提案された量子テレポーテーションの方法では、|ψ〉が励起エネルギーを必要とする場合に、そのエネルギーはボブが用意しないと機能しない。

エネルギーが足らないボブの領域に少しのエネルギーしか持たない情報媒体を送ってテレポーテーションを実現させたい場合はどうしたらいいのだろう。

じつは別なテレポーテーションのプロトコルでボブは量子場の真空からエネルギーを借り出すことが可能なのだ。

原理的にはボブはそのエネルギーを使って素粒子を励起して、量子状態を転送することもできるようになる。

この方法は量子エネルギーテレポーテーション(quantum energy teleportation, QET)と呼ばれている[3][4]。

ただしアリスが量子場にエネルギーを注入しながらその真空揺らぎを測定して、エンタングルメントを通じてボブの周辺の場の零点振動の情報を得る必要がある。

またアリスの測定エネルギーはボブの借り出せるエネルギーに比べて大きくなる。

QETは現実のマクロな物体を励起するだけのエネルギーを転送するのは困難だが、ナノスケールの量子系においては実験が可能であると考えられている。

8月に京大基礎物理学研究所で行われるYQIP2014でも、東北大の遊佐さんが量子ホール系を用いたQET実験に関する話をされる予定である。

[1] C.H. Bennett, G. Brassard, C. Crépeau, R. Jozsa, A. Peres, and W.K. Wootters, Phys. Rev. Lett. 70, 1895, (1993).

[2] W.K. Wootters and W.H. Zurek, Nature 299, 802, (1982).

[3] http://www.tuhep.phys.tohoku.ac.jp/~hotta/extended-version-qet-review.pdf

[4] 堀田昌寛, 遊佐剛, 日本物理学会誌 69(9), 613, 2014 

ci.nii.ac.jp

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