Quantum Universe

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ペリメータ理論物理学研究所でのウンルーさんの古稀祝い

昨日までカナダのペリメータ理論物理学研究所でウンルーさんの70歳を祝う国際会議があった。

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彼の人柄もあって、大変暖かい集まりになった。 

 

初日の最初の講演は、一般相対論の教科書でもお馴染みのワルド(Robert Wald)さん。

 

タイトルは”Information Loss”でブラックホール蒸発における情報喪失問題の状況を概観する内容。

 

ホーキングが最初に言った半古典的理論での情報喪失過程に対して、近年異なる可能性がいろいろ考えられていて、それを順番に説明してくれた。

 

重力崩壊の初期に既に量子重力の効果が及んでブラックホール自体が形成されないシナリオであるファジボール(毛玉理論)や、ブラックホール自体は形成されるのだけどホーキング輻射を出して蒸発する途中から量子重力が働いて、地平面に火の壁ができてしまうブラックホールファイアウォール(BH防護壁仮説)をまず説明された。

 

その後同じウェイトで、蒸発の最終局面に量子重力が働き、地平面内部の全ての情報が一気に量子場の零点振動の流れに書き込まれて放出される可能性を論じた我々の論文(M. Hotta, R. Schützhold and W. G. Unruh, Phys. Rev. D91, 124060 (2015) )を紹介してくれた。予期していなかったので驚いたが、嬉しくもあった。

 

ワルドさんの話には、ウンルーさんと同様「良い物理の見方」が沢山含まれており、示唆に富んでいる。そもそも純粋状態が混合状態に移って見える”情報喪失”は、確率をきちんと保存する通常の量子力学でもありふれた現象であり、ブラックホールの場合だけ特別騒いで、正しい基礎理論である量子力学そのものを今の段階で大きく修正するのはいかがなものか、という批判が根底にある。

 

例えばさっきまで部屋の中にいた1つの光子が窓の外に出れば室内の他の物体は純粋状態にはなくなり、混合状態になる。その光子がその後どこにいったかのかが、我々にとってそんなに重要なのかというウンルーさんがいつも言っている話と同じ態度だ。

 

量子力学はこれまで実験的に破れが見えたことのないとてもいい基礎理論なのだから、ブラックホール蒸発を考える上でも、それを破るのは曲率が発散する時空特異点等の最小限にしたほうがいいというのがベースにあるわけだ。

 

次に講演をしたオッペンハイム(Jonathan Oppenheim)さんとは今回初めて会ったが、ブレイクやランチでいろいろお話しして、すっかり馴染みになった。彼は元はウンルーさんの学生で、イギリスのUCLに移った後は量子情報分野で有名なポーランドのホロデキ(Horodecki)さんと一緒に量子情報熱力学を研究しており、今回もその講演だった。

 

日本の沙川さん達の定式化と随分違う設定をしており、前から理解できないところが多々あったのをいろいろ議論できたのは有益だった。(しかしまだ納得はしていない。)

 

その後も物理として興味深い講演が続いたのだが、印象に残ったのはウォータールー大学の量子計算研究所(IQC)所長のラフラメ(Raymond Laflamme)さんが講演冒頭に語ったウンルーさんの思い出話。

 

彼がウンルーさんのポスドクだった頃、ウンルーさんはとても怖い存在だったというエピソード。議論をしていると、彼の巨体から発せられる地鳴りを伴うような大きな地声で自分の理論の本質的弱点を突かれて、立ち往生するというのが度々だったらしい。

 

(ウンルーさんはいつも直ぐに議論の本質を掴んで、その弱点を見つけてしまう人だ。)

 

ラフラメさんはウンルーさんの巨大さを表現するためいきなり目の前の机の上に登って当時のウンルーさんのモノマネをしてみせ、巨大な熊が「お前はまだ本質を理解していないぞ、しっかりしろ!」と言いながら襲ってくるような、その恐怖感、威圧感を笑顔で語り、会場の笑いをとっていた。

 

ラフラメさんにはこの1月に彼の研究所に滞在させて頂いたときにいろいろお話できたのだが、その時には聞けなかった話だった。

 

その後のウンルーさんを囲むパーティでも彼の研究室出身者達が口を揃えて彼が与える威圧感の大きさを語っていたが、みんなそれを笑顔で語り、今ある自分に大きな影響を与えていると言っていた。

 

彼の研究室での物理の議論には、昔の剣術道場のような厳しさがあったらしい。道場の中では道場主による全く手加減のない真剣な稽古が繰り返されるが、稽古が終わるとウンルーさんの陽性の性格が弟子達を和ませるという日々だったようだ。

 

そんなウンルーさんはそんな弟子達から愛されていたというのがよく伝わった。

 

ウンルーさんをみると思うのは「二流の人は威張るが、一流の人は威張らない」ということ。

 

彼は物理に関しての議論においては威圧感を与えるが、どんな人に接するときも決して威張ったような高慢な態度を見せたことがない。

 

むしろまるで下っ端のように自分であちこちパタパタ動きまわって、人に対して細やかな気遣いをする人だ。

 

だからこそ今回のような温かい古稀のお祝いの集まりをみんながしてくれているのだ。

 

2日目には自分も招待講演をさせてもらえた。お茶大の森川さんと昔やった量子ゼノン効果の研究を最近流行りの意識の統合情報理論(IIT)に結びつける内容だ。

 

シュレディンガーの猫のパラドクスの思考実験において、猫を外から見ていると毒薬をばら撒くトリガーの不安定原子に量子ゼノン効果が働いて崩壊しなくなるのかという話。

そうであれば人間の意識が猫を観測している限り、猫は生き続けるのかというパラドクスを、きちんと量子力学に基づいて解く話であり、教科書にも書いたもの。

 

これは自分の鉄板ネタの1つで自信はあったが、ウンルーさんを初めみんな楽しんでくれたようで良かった。自分の講演にはウンルーさんの実の妹さんと、奥さんのパトリシアさんも参加して聞いてくれて、専門的なことは分からないけど面白かったと後で言って下さった。

 

最終の講演では共同研究者のラフルが、ワルドさんも紹介してくれた我々の論文を話した。量子エンタングルメント(量子もつれ)は粒子とかの物体の間のものは分かり易いが、1つの粒子と真空の零点振動の間にも量子もつれがある事実は、最初なかなか理解しづらい。

 

初めてこの話を聞く多くの参加者も、最初はなかなか理解ができなかったようだが、彼の講演はそれをもみほぐして、彼らを腹から納得させた良い機会だった。

 

他にもいろいろ楽しいことが山盛りだったが、また時期を改めて書くことにしよう。

 

とりあえず最後にパーティで紹介されたウンルーさんと奥さんの1973年の写真を貼っておく。

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彼は最初から巨大熊の体格ではなかったのだ。

 

今回も、とても楽しいウォータールーの滞在だった。