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Quantum Universe

量子情報物理学を中心とした話題で、気が向いたときに更新。ツイッター: https://twitter.com/hottaqu

波動関数の収縮はパラドクスではない。

コペンハーゲン解釈を学ぶ時、一番最初にひっかかるのは「波動関数の収縮」という概念ではないだろうか。

ある量子系を測定して結果を得た途端、その状態は瞬間に別な状態へと変化するという、あの話だ。

古い教科書で学んだ先生方からは、「そんなことは気にするな。まずは計算ができるようになれればいい。(Shut up and Calculate!)」と親切なアドバイスを受けた人もいるだろう。

それでも何か気持ち悪い感じが残っている人も多いらしい。

従来の教科書ではコペンハーゲン解釈の本質的パーツの説明が抜けているから、こういう消化不良を起こすのだと思われる。

コペンハーゲン解釈では波動関数(量子状態)は物理的実在ではなく、認識論的情報概念である。」としっかり理解すれば何も問題は起こらないのだ。

観測者が持っている系の情報量に応じて、1つの量子系に対する波動関数は人によって異なってもいい。

実在論的解釈(ontological intepretation)ではなく、認識論的解釈(epistemological interpretation)である。

また猫や人間を含む有限自由度のマクロ系でも量子力学は適用できるという点も認めれば、コペンハーゲン解釈のどこにもパラドクスは生じない。

シュレーディンガーの猫の思考実験もパラドクスではないのだ。

量子コンピュータの概念が多くの研究者に浸透するとともに、マクロ状態の線形重ね合わせを原理的に否定する考え方は廃れてきた。

もちろん「デコヒーレンスを抑えれば」という前提があるのだが、マクロ系でも量子コヒーレンスをうまく保つ方法があの手この手で模索されている。

実用に耐える巨大量子メモリを持つ、スケーラブル量子コンピュータ(scalable quantum computer)を夢見る研究者の多くにとって、波動関数は言わば量子情報(様々な物理量の確率分布の束)そのものなのだ。

現代的コペンハーゲン解釈での波動関数の収縮は、測定による量子系の知識の増加に過ぎない。

簡単な例を考えてみよう。

図1のように、空間的に離れた2個の電子スピンA、Bの量子もつれ状態を考えよう。

f:id:MHotta:20140405083557j:plain

Aはアリスの領域にあり、Bはボブの領域にあるとする。

この初期時刻では、アリスにとっても、ボブにとっても、ABの合成系は同じ純粋状態|Ψ〉にある。

次にアリスがAのスピンを測定することを考えよう。

アリスは50%の確率で+の状態を観測し、50%の確率でーの状態を観測する。

1回の測定で、アリスは+かーかのどちらか一方の結果だけを"体験"し、その結果を自分の脳に記憶する。

図2ではアリスは+を観測し、「確かに+が出た。」と記憶している。

f:id:MHotta:20140405083604j:plain

測定でAが+の状態であるという情報を得た時点で、「アリスにとっての」スピン系の量子状態|Ψ〉は|+〉|+〉に収縮する。

従ってスピンBの状態もそれだけで純粋状態となり、今の場合は+の状態(|+〉)となる。

測定後のアリスにとってはAとBの間に量子もつれもなく、|+〉|+〉と|-〉|-〉の間の干渉効果も生じない。

しかし現代的コペンハーゲン解釈において、「ボブにとっての」量子状態は異なるのだ。

ボブがアリスに測定結果を聞いたり、または自分のスピンBを測ったりしなければ、ボブにとってアリスの測定行為はシュレーディンガー方程式で記述される「マクロなユニタリー過程」に過ぎない。

ボブにとっては、スピン系はアリスというマクロな量子系と組んで、図3のような量子的もつれ状態にある。

 

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ボブにとっては波動関数は収縮せず、アリスの初期状態|Alice〉と2つのスピン系の状態|Ψ〉の合成状態|Alice〉⊗|Ψ〉が、図3の状態へとユニタリー的に時間発展するだけなのだ。

ある1回の測定において、図2のようにアリスはAが+の状態にあるという体験をしていても、その同じ測定過程においてボブにとっては図3の量子状態が実現している。

ボブにとってはまだ2つのマクロ状態の量子的干渉効果を観ることが原理的には可能なのだ。

このように、系に対する測定者の知識量に応じて波動関数は異なることがある。

そして異なる波動関数をもつ2人の測定者がいても、特に矛盾を起こさない構造を量子力学は持っている。

例えばアリスが図2の状況になっていて、ボブは図3の状況になっている場合、ボブがBを測定しても矛盾は起きない。

アリスにとってみればBは必ず+の状態であるが、実際ボブがBを測っても+の状態が観測されるだけだからだ。

ボブにとって50%の確率で+の状態が実現してもいいので、彼も結果に関して特に不思議に思うことはないのである。

この辺りの現代的コペンハーゲン解釈は、拙著[1]でも詳しく述べたので興味のある方はそちらも参考にして頂きたい。

 

追記(2014年4月6日):

ツイッターで田崎さんからコメントを頂いたので、関連事項を追記しておく。まずこのブログで扱っている設定は、ある時刻になるとアリスが測定をすることを、アリスとボブの両者が事前に了解し合っている(そしてその測定相互作用も知っている)場合に限定している。もしアリスが実際に測定をするかしないかの確証がボブにない場合には、ボブは主観確率を用いた混合状態で記述する量子ベイズ主義(Qビズム)的扱いをしてもいいし、または後で量子状態トモグラフィ(複数の測定を組み合わせて、どのような状態が実現していたのかを確認すること)をしてもいい。またAとBが因果的に結ばれないほど空間的に離れている場合には、ボブはBの縮約状態ρ(B)=Tr_C(B)[|Φ〉〈Φ|]を扱うことしかできない。(ここで|Φ〉はBの状態を純粋化するように量子系を十分に拡大した時の合成系の純粋状態であり、C(B)はその時のB以外の部分量子系全体を指す。Tr_C(B)はB以外の全ての系の部分トレースをとる操作である。) この場合、測定を含む任意の局所的操作をアリスがAに施しても、因果律のためにボブはアリスから情報を得ることができないので、アリスの操作の前後でBの縮約状態には全く変化がない。時間が経過してAとBが因果的に結ばれるようになれば、AB系の状態トモグラフィが可能となるので、アリスがAに測定をしたかどうかも確かめることもできる。一般に補助系まで含めた全体系が純粋状態だった場合、その後のAとの相互作用を通じてBとも間接的にもつれるパートナーが何であるかをボブは知らなくても、全体系はユニタリー発展しているはずだとボブは考える。但しBに対する直接的な相互作用がなければ、Bの縮約状態は不変なρ(B)のままである。アリスがAを測定をしても、Aが他の量子系と相互作用しても、その事実は変わらない。時間が経った後でもその全体系は純粋状態であり続け、そしてその終状態を状態トモグラフィで確認することも原理的には常にできる。

 

 

Reference:

[1] 堀田昌寛,「量子情報と時空の物理~量子情報物理学入門~」別冊数理科学SGC103(サイエンス社).

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