Quantum Universe

量子情報物理学を中心とした話題で、気が向いたときに更新。X(旧ツイッター)https: //twitter.com/hottaqu note https://note.com/quantumuniverse

8月に京大基研で行われる若手量子情報夏の学校

8月の量子情報物理学の基研国際研究会YQIP2014

http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~yitpqip2014.ws/

の直後から同じ会場で開かれる、量子情報の若手夏の学校の案内が公開された。

 基研研究会「若手のための量子情報基礎セミナー」

http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~qisc2014.ws/

YQIP2014は8月4日から7日。夏の学校は8日から10日。同じ基研パナソニックホールで開催。若手の方は両方をまたいで参加して頂ける日程設定になっている。YQIP2014では発表をする若手の方を中心に、少し旅費、宿泊等の補助ができる予定。(なお財源は限られているので、全ての方には補助ができない可能性があることにご留意を。)

補助が欲しい方は、まず講演申し込みをして頂ければと思う。YQIP2014の講演申し込み締め切りは5月31日。

 

YQIP2014(8月4日~7日)招待講演者:

Matthew Headrick (Brandeis University)

Benni Reznik (Tel Aviv University)

Takahiro Sagawa (University of Tokyo)

Tadashi Takayanagi (YITP)

Hal Tasaki (Gakushuin University)

William G. Unruh (University of British Columbia)

Go Yusa (Tohoku University)

YQIP2014(8月4日~7日)の主なトピック:

  • Black Hole Entropy and Information Loss Problem of Black Hole Evaporation
  • Quantum - Classical Transition of Quantum Fields in Early Universe
  • Interpretation of Quantum Universe Wavefunction
  • Informational Classification of Various Orders in Condensed Matter Physics
  • Entanglement Characteristics from AdS/CFT
  • Applications of Quantum Information to Renormalization Group
  • Quantum Information Thermodynamics
  • Informational Principle Quest for Quantum Mechanics
  • Consistent Extension of Quantum Mechanics
  • Quantum Simulator and Quantum Computation
  • Quantum Measurement, Quantum Control and Quantum Protocol

若手基研研究会「若手のための量子情報基礎セミナー」(8月8日~10日)講演者

渡辺 優(京都大学):量子力学基礎
沙川 貴大(東京大学):情報理論基礎
山本 喜久(国立情報学研究所):実験基礎
藤井 啓介(京都大学):量子計算基礎

 

にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
にほんブログ村

鉛筆とインフレーション宇宙とスクィーズド状態

とねさんの日記の「鉛筆はどれくらいの時間立っていられるか?」という記事に、量子揺らぎとマクロな揺らぎを繋ぐJJサクライの問題が出ていて興味をひいた。

教科書のほうにはアイスピックを例として書かれていたようだが、NHKの番組では鉛筆が登場したため、とねさんも鉛筆で説明してくれている。

問題は以下のものである。

"ハイゼンベルク不確定性原理だけが制限であるとき、鉛筆をとがった芯を下にして垂直に立てたとき、つりあいが保てる時間を見積もりなさい。鉛筆の芯を支えている表面は堅いとする。鉛筆の長さと質量は適当な値を仮定し、つりあいが保てる時間を秒単位で求めなさい。ただし「つりあいが保てる」とは鉛直線に対して1度傾くまでの状態のこととする。" (図1参照)

f:id:MHotta:20140411175702j:plain

 

古典的境界条件は理想的に整えられており、まっすぐ立った鉛筆が倒れる原因は量子揺らぎだけとしよう。この仮定のもとで、具体的に三菱鉛筆(長さ=17.6cm、質量=6.6g)の場合に約4秒で鉛筆は倒れ出すととねさんは計算されている。秒単位にまで量子効果が拡大されているのは面白い。

もちろん現実的にはそのような実験環境は用意できないのだが、「鉛筆を立てる実験はミクロの世界で働いている原理がマクロの世界に影響を及ぼしていることを実感できる興味深い例」とコメントされており、自分も確かにいい問題だなと思った。

ただJJサクライの解答は、最小不確定性関係を満たすガウス状態のうち、倒れるのがもっとも遅いケースを論じており、より一般的なガウス状態ならば、量子揺らぎの効果だけで一瞬で倒れる例も作れる。(最小不確定性関係を満たすガウス状態がΔx∼0,Δp∼∞となる場合もその一例。)

サクライの教科書では、どのように鉛筆をまっすぐ立てるかという、量子状態の準備の話は略されている。

この状態準備は、例えばまっすぐ立つ位置が底となる外部ポテンシャルを鉛筆にかけて、零温度に近づけるなどで達成できる。図2ではバネでこのポテンシャルを表現した。

f:id:MHotta:20140411180326j:plain

鉛筆の重心に対してこのバネは、正の調和振動子ポテンシャルを与える効果があるとしよう。

低温にするとその基底状態として最小不確定性関係を満たすガウス状態が鉛筆重心に対して設定できる。

そしてある時刻にバネを瞬間的に取り除くことで、鉛筆がどのように不安定になっていくかを議論できるのだ。

重力ポテンシャルの効果で、それ以降は図3のような負の調和振動子ポテンシャルの中を転がっていく粒子として鉛筆重心の運動は記述できる。 

f:id:MHotta:20140411181142j:plain

そのエネルギーは正の定数κを用いてE=p²/2-κ²x²/2とかける。 

鉛筆重心の量子状態は、図4のように位置の平均値〈x〉を零のまま位置の分散Δxが広がっていくガウス状態となる。

f:id:MHotta:20140411181335j:plain

 位置の分散は指数関数的に増加するため、最初は小さく設定した位置の量子揺らぎも成長して、マクロな量になれる。

とねさんの三菱鉛筆の例だと、鉛筆が1度傾く程度になるまでのΔxと初期時刻でのΔxとの比はexp(30)程度、つまり約10の13乗くらいまで大きくなる。

とねさんの日記には奇しくもBICEP2の話も出ているが、実はインフレーション中のスカラー場の量子揺らぎも、鉛筆重心と同じ数理モデルで議論ができるのだ。

インフレーションを記述するドジッター時空の計量ds²=-dt²+a(t)²(dx²+dy²+dz²)を考えよう。

ここで宇宙のスケール因子a(t)はインフレーション中のハッブル定数Hを用いてa(t)=exp(Ht)であたえられる。

この時空上で質量零のスカラー場の零モード(空間的には振動しないモード)ϕ(t)をϕ(t)=x(t)/a(t)^{3/2}と書いてやると、x(t)はちょうど上の鉛筆重心の座標と同じになる。

加速度パラメータκはハッブル定数とκ=3H/2という関係にある。

鉛筆重心と同様に、空間の指数関数的膨張がスカラー場の真空の量子揺らぎ(零点振動)をマクロな揺らぎへと成長させるのだ。

ここで成長するのは位置揺らぎだけではない。

同時に運動量の揺らぎもマクロ的に成長する。

図5には座標xとその共役運動量pについての分散の時間発展を相空間に書いた。

f:id:MHotta:20140411183826j:plain

原点付近のブルーの分布が初期の量子揺らぎである。

そして赤の分布が時間が経ったあとの量子揺らぎである。

特徴的なのはP(t)=p(t)-κx(t)で定義される相空間座標の量子揺らぎは時間とともに指数関数的に小さくなることだ。

P(t)の量子揺らぎを絞り込む(英語でsqueeze)ため、このようなガウス状態はスクィーズド真空状態(squeezed vacuum state)とも呼ばれる。

インフレーションや鉛筆重心の運動は、位置と運動量の揺らぎを大きくする一方で、ある成分の揺らぎを抑え込むのである。

スクィーズド状態は量子光学では簡単に作れて、様々な応用ができる。

また量子ホール系の端電流においても原理的にはスクィーズド真空状態を作ることができる。

これを利用した量子エネルギーテレポーテーション(QET)の実験も、現在東北大で計画されている[1]。

8月の基研研究会YQIP2014では、実験家の遊佐剛さんがこのQETに関連したお話をしてくれる予定である。

なおスクィーズド状態を用いるQETの関連記事は[2],[3]でも見れる。

 

追伸(2014/4/12):ハッブル定数Hと加速度κの関係式の因子を正しく直しました。

[1] http://xxx.yukawa.kyoto-u.ac.jp/abs/1305.3955

[2] http://www.newscientist.com/article/dn24930-squeeze-light-to-teleport-quantum-energy.html#.U0e6-2eKAfR

[3] http://phys.org/news/2014-01-theory-teleport-energy-distances.html

にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
にほんブログ村



波動関数の収縮はパラドクスではない。

コペンハーゲン解釈を学ぶ時、一番最初にひっかかるのは「波動関数の収縮」という概念ではないだろうか。

ある量子系を測定して結果を得た途端、その状態は瞬間に別な状態へと変化するという、あの話だ。

古い教科書で学んだ先生方からは、「そんなことは気にするな。まずは計算ができるようになれればいい。(Shut up and Calculate!)」と親切なアドバイスを受けた人もいるだろう。

それでも何か気持ち悪い感じが残っている人も多いらしい。

従来の教科書ではコペンハーゲン解釈の本質的パーツの説明が抜けているから、こういう消化不良を起こすのだと思われる。

コペンハーゲン解釈では波動関数(量子状態)は物理的実在ではなく、認識論的情報概念である。」としっかり理解すれば何も問題は起こらないのだ。

観測者が持っている系の情報量に応じて、1つの量子系に対する波動関数は人によって異なってもいい。

実在論的解釈(ontological intepretation)ではなく、認識論的解釈(epistemological interpretation)である。

また猫や人間を含む有限自由度のマクロ系でも量子力学は適用できるという点も認めれば、コペンハーゲン解釈のどこにもパラドクスは生じない。

シュレーディンガーの猫の思考実験もパラドクスではないのだ。

量子コンピュータの概念が多くの研究者に浸透するとともに、マクロ状態の線形重ね合わせを原理的に否定する考え方は廃れてきた。

もちろん「デコヒーレンスを抑えれば」という前提があるのだが、マクロ系でも量子コヒーレンスをうまく保つ方法があの手この手で模索されている。

実用に耐える巨大量子メモリを持つ、スケーラブル量子コンピュータ(scalable quantum computer)を夢見る研究者の多くにとって、波動関数は言わば量子情報(様々な物理量の確率分布の束)そのものなのだ。

現代的コペンハーゲン解釈での波動関数の収縮は、測定による量子系の知識の増加に過ぎない。

簡単な例を考えてみよう。

図1のように、空間的に離れた2個の電子スピンA、Bの量子もつれ状態を考えよう。

f:id:MHotta:20140405083557j:plain

Aはアリスの領域にあり、Bはボブの領域にあるとする。

この初期時刻では、アリスにとっても、ボブにとっても、ABの合成系は同じ純粋状態|Ψ〉にある。

次にアリスがAのスピンを測定することを考えよう。

アリスは50%の確率で+の状態を観測し、50%の確率でーの状態を観測する。

1回の測定で、アリスは+かーかのどちらか一方の結果だけを"体験"し、その結果を自分の脳に記憶する。

図2ではアリスは+を観測し、「確かに+が出た。」と記憶している。

f:id:MHotta:20140405083604j:plain

測定でAが+の状態であるという情報を得た時点で、「アリスにとっての」スピン系の量子状態|Ψ〉は|+〉|+〉に収縮する。

従ってスピンBの状態もそれだけで純粋状態となり、今の場合は+の状態(|+〉)となる。

測定後のアリスにとってはAとBの間に量子もつれもなく、|+〉|+〉と|-〉|-〉の間の干渉効果も生じない。

しかし現代的コペンハーゲン解釈において、「ボブにとっての」量子状態は異なるのだ。

ボブがアリスに測定結果を聞いたり、または自分のスピンBを測ったりしなければ、ボブにとってアリスの測定行為はシュレーディンガー方程式で記述される「マクロなユニタリー過程」に過ぎない。

ボブにとっては、スピン系はアリスというマクロな量子系と組んで、図3のような量子的もつれ状態にある。

 

f:id:MHotta:20140405083611j:plain

ボブにとっては波動関数は収縮せず、アリスの初期状態|Alice〉と2つのスピン系の状態|Ψ〉の合成状態|Alice〉⊗|Ψ〉が、図3の状態へとユニタリー的に時間発展するだけなのだ。

ある1回の測定において、図2のようにアリスはAが+の状態にあるという体験をしていても、その同じ測定過程においてボブにとっては図3の量子状態が実現している。

ボブにとってはまだ2つのマクロ状態の量子的干渉効果を観ることが原理的には可能なのだ。

このように、系に対する測定者の知識量に応じて波動関数は異なることがある。

そして異なる波動関数をもつ2人の測定者がいても、特に矛盾を起こさない構造を量子力学は持っている。

例えばアリスが図2の状況になっていて、ボブは図3の状況になっている場合、ボブがBを測定しても矛盾は起きない。

アリスにとってみればBは必ず+の状態であるが、実際ボブがBを測っても+の状態が観測されるだけだからだ。

ボブにとって50%の確率で+の状態が実現してもいいので、彼も結果に関して特に不思議に思うことはないのである。

この辺りの現代的コペンハーゲン解釈は、拙著[1]でも詳しく述べたので興味のある方はそちらも参考にして頂きたい。

 

追記(2014年4月6日):

ツイッターで田崎さんからコメントを頂いたので、関連事項を追記しておく。まずこのブログで扱っている設定は、ある時刻になるとアリスが測定をすることを、アリスとボブの両者が事前に了解し合っている(そしてその測定相互作用も知っている)場合に限定している。もしアリスが実際に測定をするかしないかの確証がボブにない場合には、ボブは主観確率を用いた混合状態で記述する量子ベイズ主義(Qビズム)的扱いをしてもいいし、または後で量子状態トモグラフィ(複数の測定を組み合わせて、どのような状態が実現していたのかを確認すること)をしてもいい。またAとBが因果的に結ばれないほど空間的に離れている場合には、ボブはBの縮約状態ρ(B)=Tr_C(B)[|Φ〉〈Φ|]を扱うことしかできない。(ここで|Φ〉はBの状態を純粋化するように量子系を十分に拡大した時の合成系の純粋状態であり、C(B)はその時のB以外の部分量子系全体を指す。Tr_C(B)はB以外の全ての系の部分トレースをとる操作である。) この場合、測定を含む任意の局所的操作をアリスがAに施しても、因果律のためにボブはアリスから情報を得ることができないので、アリスの操作の前後でBの縮約状態には全く変化がない。時間が経過してAとBが因果的に結ばれるようになれば、AB系の状態トモグラフィが可能となるので、アリスがAに測定をしたかどうかも確かめることもできる。一般に補助系まで含めた全体系が純粋状態だった場合、その後のAとの相互作用を通じてBとも間接的にもつれるパートナーが何であるかをボブは知らなくても、全体系はユニタリー発展しているはずだとボブは考える。但しBに対する直接的な相互作用がなければ、Bの縮約状態は不変なρ(B)のままである。アリスがAを測定をしても、Aが他の量子系と相互作用しても、その事実は変わらない。時間が経った後でもその全体系は純粋状態であり続け、そしてその終状態を状態トモグラフィで確認することも原理的には常にできる。

 

 

Reference:

[1] 堀田昌寛,「量子情報と時空の物理~量子情報物理学入門~」別冊数理科学SGC103(サイエンス社).

にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
にほんブログ村







YQIP2014発表応募締め切り2カ月前のアナウンス

2014年8月4日から7日に京都大学基礎物理学研究所において量子情報物理学の国際集会を開催する。 

http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~yitpqip2014.ws/

現在参加登録及び口頭発表、ポスター発表の募集中。国内外の多くの方々に参加を呼び掛けている。

8月8日からは量子情報若手の夏の学校が同じ会場であるので、多くの国内の若手の皆さんにも連続参加して頂くことに期待。

発表応募の締め切りは5月31日、参加申し込み期限は6月30日。

Invited Speakers:

Matthew Headrick (Brandeis University)

Benni Reznik (Tel Aviv University)

Takahiro Sagawa (University of Tokyo)

Tadashi Takayanagi (YITP)

Hal Tasaki (Gakushuin University)

William G. Unruh (University of British Columbia)

Go Yusa (Tohoku University)

Topics:

  • Black Hole Entropy and Information Loss Problem of Black Hole Evaporation
  • Quantum - Classical Transition of Quantum Fields in Early Universe
  • Interpretation of Quantum Universe Wavefunction
  • Informational Classification of Various Orders in Condensed Matter Physics
  • Entanglement Characteristics from AdS/CFT
  • Applications of Quantum Information to Renormalization Group
  • Quantum Information Thermodynamics
  • Informational Principle Quest for Quantum Mechanics
  • Consistent Extension of Quantum Mechanics
  • Quantum Simulator and Quantum Computation
  • Quantum Measurement, Quantum Control and Quantum Protocol

にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
にほんブログ村

 

量子生物学(Quantum Biology)

COST2014でプレニオさんが量子生物学の講演をしていた。

https://erez.weizmann.ac.il/pls/kns/kns_pack.showfile?pcode=879

彼は量子情報ではこれまで良いお仕事をされてきたという評価のある人だが、最近は生物分野での量子効果を研究している。

私は量子化学と量子生物学の境界や包含関係がいつも分からないのだが、それは私のせいではない。

この量子生物学が新しい分野すぎて、今後どのように発展していくか誰にも分からないのだ。

その価値も未知数である。

今回プレニオさんは光合成、鳥類が用いる磁場的方向センサー、そして人間の嗅覚を取り上げて紹介していた。

これらの一部は、量子トンネル効果や量子コヒーレンスの存在が発現に関わっているかもしれないという主張だ。

私がちょっと面白いと感じたのは、嗅覚の研究に関してである。

人間の鼻の奥の嗅覚センサーで感じる化学物質は、分子構造が大きく違っていても同じ匂いを感じる場合もあれば、逆にほとんど分子構造が同じ化学物質なのに異なる匂いを感じる場合もあるらしい。

複数の化学物質に共通している部分的構造が同じ匂いを感じさせる原因とは限らない可能性もあるかもしれない。

嗅覚や視覚の理解をそのセンサー部分の局所的解析だけから求めることには、注意が必要だ。

嗅覚や視覚では、外部刺激が体に誘発する局所的な化学反応の電気情報を脳に集積して、それを情報処理する過程が基本であると考えられる。

結局脳が最後の段階で、様々な種類の電気信号を処理をして視覚や嗅覚の個人的「イメージ」を作り上げている。

同じ匂いとか、違う匂いとかという区別が、外部刺激を受け取った初期段階で決定されているのかは疑問だ。

視覚で言えば、脳の作業の結果として「錯覚」

http://www.youtube.com/watch?v=A4QcyW-qTUg&feature=youtu.be

という現象も起きるわけだし、見えている世界の「色彩」もそこで初めて発生する。

例えば色に関しては以下のことが知られているようだ。

ニュートンは「光には色はない。光は色の感覚を生じさせる力を持っているにすぎない」と述べています。簡単な実験で確認できます。たとえば、右目に赤色、左目に緑色を見ると、存在していないはずの黄色が「見え」ます。そう、色は脳の産物なのです。」池谷雄二著「パテカトルの万脳薬」より。

だから視覚と同様に嗅覚でも、単純に鼻に入る化学物質の種類等の「局所的要素」だけが問題なのではなく、脳で行われる嗅覚に関する情報処理がやはり大切になる気がする。

嗅覚センサーにおいて量子効果が確かに存在したとしても、嗅覚そのものの理解には脳の研究との連動が不可欠となるのではないだろうか。

なお量子的嗅覚の研究は、quantum olfactionという単語などで検索してもらえると様々な記事を読むことができる。 

にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
にほんブログ村

ぼくらが旅に出る理由

と言っても、小沢健二の曲のことではない。

科学者達が世界を股にかけて旅をする理由のことだ。

昨今ではネットでつないだテレビ会議もよく行われているが、それでは得られない大切なものがリアルな国際会議にはある。

テレビ会議やメールでは決まった相手としか議論はできないし、自分達の研究も知らせることはできない。

国際会議に行くといろいろな分野の研究者が世界中から来ており、多くの刺激が待っている。講演はもちろん新しい知見に触れられるものとなる。

しかしその合間のコーヒーブレイクやランチ、ディナーでも知らない人に自己紹介をしつつ相手の研究内容を聞いたり、こちらの研究を教えたりできるのだ。

偶然隣に座った人が自分の研究にとても関係のあるお仕事をされていることを知って驚く。

様々なセレンディピィティの確率も高まる場でもある。

conference tourとかexcursionとか呼ばれる開催地の観光が企画されている場合には、皆で出かける。

そのバスの中や目的地でも研究の内容をわいわいと議論しているのが科学者という生き物だ。

相手の顔を見ながら、彼らのアカデミックな背景や人柄まで感じつつ、多いに議論を楽しんで国際的なネットワークを広げていくのである。

ネットの世界だけでは決して得ることできない貴重な経験ができる。

 

今自分は、イスラエル量子論の基礎的諸問題に関する国際会議からの帰途のパリの空港でこれを書いている。

今回の旅も実り大きなものだった。

会議の前にはテルアビブ大学を訪問してセミナーをさせてもらい、レフ・バイドマンさんを始め多くの人達と知り合うことができた。

また長年持っていた弱値に関する多くの疑念を弱値提唱者の一人であるバイドマンさんにぶつけることもできたし、途中でもう一人の弱値の提唱者であるアハロノフさんにも偶然会って話すこともできた。(彼はAB効果の発見でも有名である。)

また参加したCOST2014という会議では多くの友人に再会して議論ができたし、ブラックホールエントロピーでも有名なベッケンシュタインさんを含む、新しい知り合いも増えた。(アハロノフさんもベッケンシュタインさんもご高齢に関わらず、現役でアクティブな研究活動を続けているのには舌を巻く。)

 

この会議でもエルサレムへのconference tourが入っていた。

物理学者の多くの仲間達と"巡礼"の旅をするとはちょっと前まで思いもしなかった。

ツアーのあった日は午後丸々これに当てられ、案の定移動中は皆わいわいと様々なことを大声で話していた。

そんなことを予想していた開催者側は賢明にも、沈黙を要求される信仰の場の多くは見学からはずしていた。

ただユダヤ教徒の聖地である嘆きの壁だけは近くまで行けた。そこは多くのユダヤ教徒と観光客で賑わっていたが、さすがに騒ぐ物理学者は1人もいなかった。

中には多くの信仰者の振る舞いを真似て頭を壁につけてしばらく瞑想してみる人もいた。(彼は中国系アメリカ人で、明らかにユダヤ教徒ではない。)

物理学者は基本的には好奇心の強い「素直な」人種なのである。

磔刑後にイエスキリストの遺骸が納められたという洞窟跡地に建つ教会にも行った。

そこでは一人の物理学者がイエスの巨大な絵画に感動をして思わず"オー、ジーザス!"と叫んだ後、こちらを向いて"だって本当にジーザスだものね"と茶目っ気を交えて微笑んだりもした。

ツアー中は代わる代わる話し相手を変えながら物理の議論も堪能しながら、ユダヤ教キリスト教イスラム教の多くの歴史に触れることができたことは大変興味深かった。

国際会議出席の予期せぬボーナス部分であった。

にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
にほんブログ村

量子力学を学ぶ学生の方に

ぜひ目を通してほしい記事があります。時間依存の摂動論を学ぶとき、不確定性関係の間違った理解をしないようにしましょう。⇒「摂動論と、"時間とエネルギーの不確定性関係"という名の幻。」http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/03/11/155744

にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
にほんブログ村